敵の敵は敵だ!Part.3.5

※このシリーズは前回の悪人プレイから世界を引き継いでいます。
※ストレンジャービルのネタバレを含みます。
※ギャラリーからお招きした他シムラー様のシムさんとの交流が含まれます。
※モーギン先生が出てきて喋ります。弊世界のモーギン先生のキャラクターを捏造しているのでご注意ください。
※お招きしたシムさんの過去を大幅に捏造しています。全て二次創作です。真っ赤な妄想です。
※虐殺を仄めかす描写などありますが、暴力、犯罪を助長する意図は一切ありませんのでご理解ください。









この話は前回の敵の敵は敵だ!Part.3後編の最後の方の「空白の時間」中に起きていたもう一つの物語です。
スピンオフ的なお話しのはずが何故か長くなってしまいました。
当然今のプレイ記録よりも昔の話ですので、リースやミッキー達の年齢はティーンです。
物語の始まりから全体的にシリアスですがご容赦ください。
ほぼずっとつらたにえんです。
昔の話は敵だ!の内容を齧りますが、そちらは読まなくても十分楽しめると思います。
読んでいても、あー!あれの事ね!!となるくらいです。
都合により視点が四五か所くらいあって場面がコロコロ変わります。
いつも以上に読みにくいです、ご了承ください。

お借りしたPoseなどは次の記事でまとめます。












ジェイクとウォルフガングが母船と共に空の彼方へ消えてから、ミッキーは答えの出ない自問自答で自身を責め始めた。
どうしてマザーへ能力を返す際に二人に声を掛けなかったのか、いいや、声を掛けていたら恐らく落下する母船を止められずにサンマイシューノは瓦礫の街と化していただろう。
ジェイクに母船の確認を何故させなかったのか、いいや、そんな事考え付くはずもない。
そこまで考え付く余裕など己ら三人にはなかった。

「……父さん、どうしよう。リン叔父さん達に何て言ったら……」
「なんが起きとうとか、なんが起きとったんかすらまだ俺は把握できとらんばい。でもミッキー達が頑張った事だけはわかっとうよ。今は少し休んで、それから考えるったい……」
「ん……」

父の膝で再び眠りについた姉を振り返りながら、ミッキーは力なく立ち上がる。
もう一度マザーを頼れば二人は戻るだろうか?
しかしマザーの忠告を無視する選択をとったのは他でもない二人だろう。
不条理に晒されたシム達を救うという目的が果たされた今、マザーが手を貸す道理はないのではないか。

「……考えないなんて無理だろ」

ミッキーは支えてくれていたマイの腕を二回程さすって微かに微笑んで見せながら、ふらりとジェイクの置いて行ったポータルへ近づいていく。少しだけ一人で落ち着ける時間が必要だった。マイもそれを察したのか、「ここに居るけんな!」と声を掛けるだけで後を追おうとはしなかった。

「ジェイク……」

エイリアンたちへの憎しみが沸々と湧き出てはミッキーの表情を歪める。あの時暢気に小型機で遊んだりせず、三人で母船を宇宙に放っておけばよかったのに。マザーだって無作為に破壊した母船が安全であるわけがない事を考慮しなかったとは思えない。
どうしてこうなってしまったのか。

「……クソッ!」

ミッキーはポータルの一角を蹴り飛ばす。大きく引き伸ばされた金属製と見られるポータルはもちろんびくともしない。それどころか少年の足の方が激痛を覚えるだけだ。
ミッキーは足の先を抑えて蹲り、歯を食いしばるしかなかった。


「ねぇ、どうしたの?」

足元の砂利とポータルの端を睨みつけていたミッキーの視界に、アーガイル柄の靴下と白いスニーカーが入ってきた。顔を顰めたまま視線をあげると心配そうに眉を下げてこちらを見つめる美青年と目が合う。

「大丈夫?」
「……少し八つ当たりで蹴っただけなんだ。全然平気だよ」
「そっか。それならいいんだけど」

両手の砂を払いながらミッキーは立ち上がると改めて美青年を見つめ返す。こんな状況でなければ直ぐに出掛けに誘って仲良くなりたい程の愛らしさだった。

「声を掛けてくれてありがとう。……君もさっきからこの辺をウロウロしてたよね?何か探してる?」
「あは、見られてた?そうなんだよね、ここから出る時に帽子を落としちゃったみたいでさ」
「ここって、ポータルの中の事?」
「そう。もう一回入るのってなんか怖いから、外に落ちてるといいのになって思ってたんだけど、やっぱり外にはなさそうで」

ポータルの枠を軽く小突く美青年にミッキーは小さく頷いた。

「俺が見てこようか?何色?どんな形?」
「え?いいの?嬉しいなぁ」

ミッキーはするりとポータルの入り口から白で覆い尽くされた監獄の中へと足を踏み入れる。表情が硬いままなのは少しヤケになっている情緒の表れだ。
ミッキーは美青年から帽子の様子を聞くと、そのまま奥へと入って行ってしまった。

「何してるんだ!?」

そこにアンが険しい形相で走ってやってくる。
何故ならミッキーが中に入って行ったと同時に美青年がポータルのよくわからない操作パネルを触り出したからだ。

「え?どこかを押したらこの中が小さくならないかな?って」
「どういうつもりだよ!?中にミッキーが入ってったじゃねぇか!」
「そんなに怒鳴らないでよ。だからこのポータルの中がもっと小さくなれば、僕の帽子を見つけるのが楽になるかなと思っただけで」
「はあ!?」


聞く耳も持たず、納得もしないアンに怪訝そうな表情を浮かべた美青年は、その父親の剣幕に両手で自身の耳を塞いで見せた。
しかしその瞬間、ポータル全体にプラズマが走ったかと思うと、入口に居た二人は勢いよく中へと吸い込まれそうになる。

「ああ!?」

美青年は抵抗する隙も無くポータルに吸い込まれて行ってしまい、アンは咄嗟にポータルの入り口に腕を引っ掛けるも、その吸引力に早くも負けそうになっていた。

「アン!!」
「マ、……イッ……!来ちゃダメだ!!」

娘を抱えながら一部始終を見守っていたマイはその光景に叫ぶしかない。アンの制止も聞かずに慌ててリースを下ろしてポータルに向かおうとしたマイだったが、その頃にはポータルの姿はジェイクが引き伸ばす以前の形状に戻っており、美青年の姿もアンの姿も確認できなくなっていた。








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アンは緑が惜しみなく生い茂るセンターパークの芝の上で気絶していたようだった。
彼が目を覚ますと目の前には生き生きと呼吸する子犬の姿があり、見上げればその飼い主であろう老紳士の姿もあった。

「おや、気が付いたかね。いくら呼んでも目を覚まさんもんだから医者に連れていこうかと思っていた所だよ」
「……此処は?俺は何でこんな所に」
「記憶がないのか、そりゃ大変だ。こんな炎天下の中寝そべってたら頭も沸くわな!やはり病院に連れていこう」
「待って!……あー、割と大丈夫だからさ」
「こら!急に立ち上がるでないわ!」

終始子犬が煩く吠える度に薄らと頭が痛む。炎天下で寝ていたと言われた割に体は汗もかいておらず、アンは老紳士をなだめながら地面に真っ直ぐ立っていた。

「自分で行けるからさ、ありがとなジィさん」

サンマイシューノのビル郡の中で唯一長閑なセンターパークを見回しながら、アンは足早にその出入口へと向かい出す。その間にスマホをポケットから取り出して迷わず旦那であるマイに架電しようとした。だがいざかけようとした矢先に画面にデカデカとネットワークが繋がってないとポップアップが表示されてしまった。よくよく見れば電波の表示が圏外だ。アンは思わず立ち止まって「はぁ!?」と叫んでしまった。


「マイが心配しちゃうじゃんか!何で俺此処に居るのか全然覚えてないし、エイリアンがどうのこうのでセンターパークもサンマイシューノもボコボコにされてたはずなのに!全部夢だったって事だろ!?」

目の前に広がる活気溢れる都会を見れば、ビルの残骸や瓦礫、破壊されたまま立ち上り続ける炎など一切見当たらない。

「俺知らないうちにヤク盛られてたのかなぁ」

とにかく家に帰らなければと、アンはタクシーを使う事にした。そうして捕まえたタクシーに乗って帰路を揺られながら、彼は窓に流れる街並みにどこか違和感を覚えていく。何かがいつもと違うような、知っている街並みなのに雰囲気が異なる様な、妙な感覚を味わう。

「あんな夢を見たから改めて見ると新鮮なのかもな」

時折スマホの「圏外」表記を見返しながら、募る言い知れない不安を誤魔化した。
しかしその不安はブリンドルトン・ベイの高架下でタクシーを降りてから、自宅へと続く小道を上がっていく途中で明確な焦りに変わっていく。


「ない」

丘の下からだって見えるはずのカントリーな茅葺屋根も、ロッジのような木造建築の面影も一切見えなかった。家があるはずの土地には背の高い雑草がひしめき合っており、少し先の池に続く獣道しかわからない。まるで最初からここには何もなかったかのような光景にアンは絶句するしかなかった。

「何で?」

誰かに連絡しようにも通信が機能しないスマートホンだけである。

「マイは?ミッキーは……」

アンは走って丘を降りた。反対側の丘の上にはそれなりの豪邸が建っていたはずだ。近隣の住人は何かを知っているかもしれないと、希望を握り締めて訪ねる事にした。








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実のところミッキーは一番最初に目が覚めていた。
彼もまたアン同様にセンターパークで倒れていた所を通りかかったシムに起こされて気が付いた。アン同様にスマホが圏外になっていた為、彼はその足で姉やジェイクが住んでいるストレンジャー・ビルに向かったが、どちらの敷地にも家は建っておらず、またアンと同じように困惑するばかりだった。
ミッキーはその後実家を確認する勇気が出なかった為に、何を思ったのかウィンデンバーグのオールド・プラッツに行った。本来であればそこにあったバーはしばらく前に閉店し、区画も整地が終わっていて土地の所有を絶賛売り出し中であったはずだが、ミッキーの眼前にはしっかりと取り壊される前のオールド・クォーター・インが建っていた。


「……まさかな」

取り乱す精神すら使い果たしてしまい、最早冷静にならざるを得ない。ミッキーはバーに入るとドリンクを注文しながらテーブル席に座り、近くに置いてあった雑誌を手に取った。パラパラとめくりながら目についた数字に対して無意識にまばたきが増える。記事の掲載や発刊時期が何度見ても自身が生まれるよりもはるか昔のモノなのだ。バーに置いてある雑誌を手当たり次第に確認しても、どれも夏の最新版のようで、バーテンダーに訪ねても肯定の返答が返ってきた。それはつまり、少なくとも今いる環境がミッキーの生きていた、必死になって守ろうとした世界よりもずっと前の、「過去」に来てしまっているという事だ。
冷静になっても混乱は収まらない。ドリンクが出されたと同時にミッキーは雑誌を閉じてため息をついた。

「さっきから落ち着きがないがどうしたんだ?」

バーカウンターに座っていた男の一人がこちらへと歩いてきた。ミッキーは雑誌たちをまとめながら、確かに不審だっただろうなと自身の振る舞いを悔やむ。


「……いや、どこかしらに見たい情報が載ってるかと思ったんだけど、……なかったみたいだ」

咄嗟に誤魔化して肩を竦める。
このままバーを出ても行く当てなどない。確認しに行かなくともわかる。実家は影も形もないのだろう。

「何を探していたんだ?」
「……住み込みで働かせてくれるところがないかなって。家がなくなっちゃってね。スマホも壊れちゃったみたいで電波がダメなんだ」
「事情は分からないが、それは大変だな」

エイリアンが侵略してこなければ今でも楽しく連続ロマンチストを目指していたはずだ。優しく声を掛けてくる青年がもしティーンだったら、気軽に誘っていただろう。

「気にかけてくれてありがとう。折角楽しく飲んでいたのに邪魔したかな?」
「子どもが一人で焦ってるのを見つけたらほっとけないよ」
「はは……」

子どもが一人で。
言われたその言葉を反芻して、ミッキーは押し黙るしかなかった。
少し前までは両親が抱き締めてくれて、姉も助かって……。

「何で……」


タイムスリップした原因は間違いなくポータルだろう。迂闊にあの中に入ってしまったから、見栄を張って、ジェイク達を失った苦しさを少しでも紛らわせれたらと思って軽率な行動を取ったからこうなったんだ。
これはもしかしたら俺に対する罰なのかもしれない。
俺一人だけ生き残る事になって、俺一人だけ両親とゆっくり過ごそうとしたから。

「バーを出ないか?外は暑いけど冷たいアイスを売ってるし、奢るよ。それに此処にいるより隣のクラブの方が気は紛れるかも」
「……気を遣わせてごめん。ほっといてくれていいから」
「ダメだよ。家族も仲間も傍に居ない時の辛さは俺もわかる。別に無理に話を聞こうとしてるわけじゃないし、……ただ今の君を一人にさせるのは良くないって思うからさ」
「……」

わかった、と口にしてミッキーは席を立った。青年は緩く笑んで、その肩に手を添えながら共に歩みだし始める。

「ありがとう。……俺はミッキー、君は?」
「俺はRST。アイスは何味が好き?好きなもの選んでくれよな」









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結果的にアンはあらゆる知人の家を訪ねた。しかしそのどれもが他人の家だったり、空き家、更地となっていた。ギャングワイフの世話になってからの交友関係が全滅だった。だからアンは遡った。ギャングワイフに入る以前の交友関係まで遡った。するとティーン時代にたまり場にしていたエバーグリーン・ハーバーのコンテナマンションには、無事昔の友人たちが今でも揃っていたのだ。
否、正しくは「今ではない」と気付く事になった。
何せそこに居た馴染の友人たちは皆、昔のまま、ティーンの姿で遊んでいたからだ。


友人達からは口々に「髪切ったの?」「何かちょっと大人っぽくなった?」「今日はクラブに行かないのか?」と質問攻めにあい、アンは適当な言い訳を付けてマンションを逃げるように去ってしまった。
ここまで来ると流石に能天気脳なアンでも察するしかない。
自分は過去にタイムスリップしてしまったのだと。


彼は起きているとんでもない現象に怒り散らしながら歩いた。専らその相手は地面だった。
どうしてこんな事が起こりえる?これが夢じゃないとしたら数刻前まで起きていたエイリアンの騒動も現実だったという事だ。あんな状況で自分は意識を失った娘と最愛の旦那を残してきてしまったという事だ。ポータルの奥に入っていった息子もこの時代に飛ばされているかもしれないが、見つけた所で帰る方法があるとも思えない。第一自身らがタイムスリップしてきたのだとどう説明して納得し、助力してもらえると言うのだろうか。

アンが延々と哀しさを持て余しながら歩いた先には、昔に捨てた家があった。日が沈もうとしている空を背景にその家は少し裕福そうな表情で佇んでいる。ティーンの頃妹のリアを置いて出て行った切り、今もどうなっているのかわからなかったその家は、当然過去の記憶のままだった。
扉を押して中に入る。鍵を掛けていないなんて不用心だ。
憎い叔父叔母が出ていたら殴ってやろうとアンは拳を握り締めた。


「お兄ちゃん!」

しかし出てきたのはリアだった。ティーンの、リアだ。

「お兄ちゃん今日は帰ってきたの?それとも何か忘れ物取りに来ただけ?」

二階からパタパタと下りてきたリアに、アンの心にしみじみと込み上げるのは懐かしさだった。まだ化粧もヘアケアもさせてもらえない、純粋で素朴で愚鈍な着せ替え人形のリア。

「髪切ったんだね?何だか大人っぽい!」
「さっきも言われたよ」

アンはつい答えてしまった。リアは何でもないように「似合うよ」とはにかむ。

「……じゃあな」
「え。もう行くの?今日は帰ってくる?窓の鍵開けとく?」

そんな事もあったなと、アンは苦笑する。

「一応開けといて。あ、でも玄関はちゃんと鍵掛けとけよ?」

アンはリアの頭を撫でると、そのまま歩いて出て行ってしまった。
普段と雰囲気の違う兄に微かに違和感を覚えながら、リアは言われた通り玄関の鍵を掛けてから自室に帰っていく。

「……まだ俺が家を出る前なんだな。高校に入る前なのか後なのか……」

アンは当時行きつけだったクラブに行って自身を探してみようかと考えた。ミッキーを探す為にも情報が集まる場所に行く必要がある。同じ顔が二つあると混乱を招いてスムーズに事が進まないと思ったアンは、近くの家に入ってクローゼットを拝借した。

「いつでも歓迎効果が過去でも使えて良かった」

やや納得していない表情の住民に見守られながら、アンはヘアスタイルと髭を少々蓄えて、サングラスをかけた。


「イイ感じ」
「悪い男に憧れとるんならやめときなさいよ」
「ばーちゃん。俺はもう十分に悪い男だよ。貸してくれてサンキュ」

変装と言うには些か手抜きだが、よくよく注意しなければ一見アンとはわからない。アンは満足して夕暮れのナイトクラブへと向かうのだった。










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オアシススプリングスは今日、厳重な警備を敷いていた。何故なら隣国の国王がラトルスネークジュースにてこの国の外務大臣と対談していたからだ。何故対談が民間の施設で行われるのかと周辺地域のシム達は非常に懸念していたが、隣国の国王きっての望みであると報道されている。それを証明するように、対談が終了してからも国王はバーに留まり続け、そこでパーティを催そうという話になったようだ。


「陛下、〝サービス係〟が到着しました」
「そうか」

この国の外交官と共にSPとしても国王周囲の警護や要望に応える為に控えていたヘクターは、内心の軽蔑を一切感じさせない無表情で会釈する。国王が裏口の廊下の方へと向かっていく背を見つめながら僅かに棘のある視線を送るのみだ。国には王妃が待っており、彼女との間にも既に王子たちが数人居ると言うのに、彼はこうしてたまに来国すると外交のついでに民間施設の解放感を味わいながら、新しい愛人を調達していく。ほぼ遊びに来ていると言っても過言ではない。その度に配属される自身も、その遊びの一員に加えられている事が更にヘクターに憂いをもたらしていた。

「ヘクター!見てくれ!」

〝サービス係〟選びから嬉々として帰って来た国王の隣には、無垢で微かに困惑している表情の美青年が立っていた。


「何と言う美貌か!この国の美人には底がないな!」
「……恐れ入ります」

背後に立つ黒服たちは何かが気になるのかそれぞれ耳打ちし合っていた。ヘクターも当然気付いている。

「陛下、その者は派遣させた〝サービス係〟ではないようですが」
「そうだ!先ほど裏の出入り口でバーテンダーと話していた所を捕まえたんだ。どうも今日このバーが貸し切りだった事を知らずに来たらしい。可哀想だろう。一緒にパーティしようじゃないか。私の奢りだよ、何でも飲んで食べなさい」
「ありがとうございます陛下」
「陛下!勝手にそう言う事をされては」
「私が決定した事だ、文句は要らんよ。不安なら君がよく見ていてくれたまへ」

美青年は少し気まずそうに視線を彷徨わせたが、ヘクターの暗い瞳に気付くと柔らかく微笑んだ。

「彼はいつもあの顔なんだ。怖いか?」
「いいえ。お仕事頑張ってる人の顔は尊敬します」
「ボニーはいい子だな」


ボニーと呼ばれた青年は天使のような顔ではにかんだ。国王に言われるがままその隣に座り、彼の相手を務めるようだ。
ヘクターは再び聞こえない溜息を一つ付くと、傍に居た黒服に青年の身元を調べるよう耳打ちする。確かに間違いなく美しいその青年は、美しすぎる脅威にも見えた。










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ヴィヴィアン・ベレスフォードは今日もナイトクラブで遊んでいた。踊りに飽きたら宿題をして、宿題に飽きたら踊る。その繰り返しだ。そのどちらにも満足し終えたらコンテナマンションに帰って眠り、朝には高校に登校する。自分の家に帰りたくない事を除けば、充実した日々を過ごしていた。

「えらいね、こんな所でも宿題をするなんて」

その日はいつも絡みに来る先輩のスウィフは姿を見せず、替わりに見知らぬ男が相席して話しかけてきた。


「オジサンここ初めて?俺は毎日ここで宿題してるよ」
「おじ……、宿題して踊って、宿題して踊って?」
「そ!めっちゃ正解!好きな時に遊べて良いだろ?」
「名案だと思うね」

「だろ?」と得意げに笑うヴィヴィアンに、目の前の男はどこか感慨深そうに頷いた。

「君が最近バイトを探しているとそこのバーテンダーから聞いてね」
「危ない事はしねぇよ?」

ヴィヴィアンは急に怪訝そうな顔になり、見知らぬシムを見つめ返した。そういう危機感を持つくらいには、相手のファッションが尖っていたからだ。

「まさか!そんな怖い話じゃないし、一つ頼み事をしたいだけだよ」
「ふぅん」
「お前が通っている学校で人を探してほしいんだ。もし居たならソイツと仲良くなってほしい」
「……は?」
「別に無理な話じゃないだろ?もちろん小遣いも出す」
「いや、無理じゃないけど変すぎだろ?何?ソイツの父親とか?」
「違うよ!……でも居たならお前に仲良くなってほしいんだ」

ヴィヴィアンの怪訝そうな顔は収まらない。
しかも頼まれた内容があまりにも簡単すぎて、不満も出てくる。こいつは俺の事をからかっているんじゃないかと考えるのは自然だった。
しかし次に提示された条件で思考をひっくり返される。

「報酬は二万シムオリオンだ」
「は?」
「前金に今一万渡しておくよ。何だ不満か?」
「んなわけねぇけど!」

一万シムオリオンのお札を目の前に出されて思わず立ち上がるヴィヴィアン。本気でシムと知り合う事にお金を賭けてきているのだと感じ、それはそれで気味が悪いと戦慄する。

「……もし居なかったらどうすんだ」
「できれば他の学校を覗いてみて探してほしいが、そこまでは頼まない。もちろん前金の一万はこのまま貰ってくれていいし、一週間後仲良くなれたかをまたここで話してくれたら残りを渡すよ」
「電話番号交換すりゃ結果なんかすぐわかんだろ」
「あー……、生憎スマホは使わない主義でね」


何かを誤魔化すように一瞬視線を逸らした男に、ヴィヴィアンはまた「ふぅん」と返した。

「まあ、貰えるもんは貰っとくよ。美味い話だし。……そいつの名前は?」
「マイ・テラコッタ。先輩のはずだ。双子で同じ顔のリンって方も居るが、特に仲良くなってほしいのはマイの方だ」
「双子、ね……」
「リンもイイ男だからリアにも紹介してやったらいいよ」
「……何で俺の妹の事知ってんだ」
「あ、いや」
「二度とその愛称で呼ぶんじゃねぇ。勝手に出会いを斡旋しようとすんな!余計なお世話だ!!」
「ごめん……」

素直に謝ってくる男にヴィヴィアンは調子が狂う。


「……依頼は引き受けてやるけどさぁ……。アンタその恰好似合わねぇよ」
「は?」
「いや、ファッションとしては良いんだけど、アンタの性格に似合ってないよ」
「……考えとく」
「……。んで?そのマイって奴はどんな趣味してんの?話しかけるのに何の情報もないと困るだろ」
「マイは動物が大好きだよ。料理も得意だ。農場をやっ……てはないな、あー、将来農場主をしたいと思ってるはずだ。大学もそれを専攻する予定だよ。凄く優しくて、緑の瞳が綺麗だ」
「……何か後半変な感じだけど、まあどんな感じの奴なのかはわかったよ」
「ラマの毛の色をピンクにする方法でも聞いてみたら話が弾むんじゃないかな」
「何だそのピンポイントな話題。……でも気になるな」
「だろ?」

男は至極嬉しそうに笑った。


「俺に紹介する相手にしちゃあめちゃくちゃ平凡そうだけど」
「ケンカしてほしいわけじゃないからな?ちゃんと仲良くなってくれ」
「わかってるよ!メリットがデカいし、動物愛好家ってんなら俺も動物に触る機会ができるかもしんねぇし」
「いい事の方が多いよ、きっと」

男は一瞬物悲し気に唇を結った。そして話は終わりだと言うように席を立つ。

「じゃあ一週間後な」

ヴィヴィアンは男が去って行くのをじっと見守っていた。その左手の薬指に光るものを見つめながら、言葉にできない少しの気分の悪さを抱えて依頼されたシムの名前を口にする。

「……マイ・テラコッタか」

明日はいつもと違う日になりそうだ。






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時刻は遡る。という表現もややこしい、現在。
アンがポータルに吸い込まれて消えてしまってから、マイが取り乱さないはずがなかった。ウンともスンとも動かなくなったその機械を揺さぶり、アンの名前を呼ぶ以外にできる事は何もない。何が起きたのかと一部始終を見ていた者や、物珍しがる者の視線を感じる暇もない。夫と息子を一度に見失ってしまった焦燥の方がよっぽど痛かった。

「おい!何してるんだ!」

怒号と共にマイは肩を強引に掴まれてやっと振り返る。そこにはアーチーの姿があった。



「アンとミッキーがこん中に消えてしもうた……!どげんしたらよか。これ一体何なんや!」
「……そう言う事か」
「何か知っとーと?」
「いや。……そもそも俺はアンの生命反応が突然消えたから何が起こったのかと確認しに此処に来たんだ」
「生命反応?何でそげん事ばアーチーがわかるったい」
「俺の主要な部下にはそういう風にしてんだ。……クソ。折角エイリアン共は消えたってのに」

アーチーはそう言うと暫く静かになった。
ラマのマスクの中で何かを探るようで、その立ち姿は少し奇妙だ。
マイはポータルとアーチーを交互に見ていたが、置いてきてしまった娘に視線を投げてから肩を下げながらそちらの方へと歩いていく。

「リース……。俺はもうずっと、何が何だかわからんばい」


眠り続けるリースを抱きかかえて、マイはその頭を抱き締めた。
生命反応が消えたと言うのは、つまり、そう言う事なのだろうか。
あまりにも突然で、無情すぎる。
リースの温もりがマイの肌を伝わってくると、彼女が生きているのだと痛感する。しかしそれを愛するもう二人の家族には二度とできないのだと気付いてしまい、再び心が途方に暮れて震えた。

「マイ、気をしっかり持て。まだ死んだと決まったわけじゃない」

アーチーは小走りでマイへと近づいてきた。

「一旦デルソルバレーに向かうぞ。俺達のアジトではないが、破壊されていない場所があった」
「……それがアン達と何の関係があると……」
「現在の生命反応は消えたが、何故か過去ログが更新されていくんだ」
「……?」
「アイツにチップを取り付けた日の記録よりもっと前の、所謂学生時代付近のログが、アイツの行動が、“今”リアルタイムに更新されていくんだ!!アイツは生きてる!」

マイはリースを抱えたままアーチーに詰め寄った。

「つまりなんね、アンは過去に飛ばされたって事か?」
「恐らくそう言う事だろう」
「これからどげんすると?」
「とりあえずアジトにこのポータルを運ぶ。エイリアン共にも機械の事にも詳しい奴が居る。何かしら手掛かりが得られるかもしれない」
「……わかった」


アンが生きているという事はミッキーも生きていると考えてもいいだろうか。
マイはリースを抱き直すと静かに息をついた。それと同時に一抹の不安が過る。
アン達が吸い込まれる原因になったあの美青年の話はするべきだろうか。あの青年が持つ雰囲気が邪悪に満ちていた事を、動物達と心を通わせているマイは薄っすらと感じ取る事ができていた。しかし完全に彼のせいだと断定するには証拠も何も揃っていない。それでもマイは憂うのだ。アン達と同じく彼が過去に飛ばされていたとしたら、このまま何事もなく解決に向かう事ができないような気がすると。






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カッパーデール高校の昼休み。
明日は週末という事で生徒たちは皆浮足立ち、楽し気に会話をしながら昼食を取ろうと教室から出て食堂に向かって歩き始めていた。
ヴィヴィアンはいの一番に注文したハンバーガーを頬張りつつ、食堂への道を逆走して午前中に経た情報を元に目的の教室へと走っていく。


「ここにさぁ!マイ・テラコッタっている?」

廊下ですれ違っている可能性も低くはなかったが、「マイを探している生徒が居た」とクラスメイトに印象付ける事も目的であった。持参した弁当を広げて今まさに食べようとしている生徒や、楽しく談笑を始めていた生徒の視線がヴィヴィアンへと突き刺さる。教室内の全ての生徒の目の色を今なら当てられるぞ!とヴィヴィアンが内心で笑っていると、一人、緑の目を持つ見るからに優し気な表情をした顔のいい生徒が手をあげた。

「マイ・テラコッタは、俺ばい」
「ばい!」

一発で見つけられた喜びを表すのに思わず聞き慣れない語尾を繰り返してしまい、ヴィヴィアンは周囲から白い目を向けられた。マイの隣に座っていた男子生徒は立ち上がってヴィヴィアンの元へと行こうとする彼の腕を掴んで止める。

「アイツ確かつい最近入学してきて、不良とよくつるんでる問題児だぞ。やめとけよ」
「……」

ヴィヴィアンにその声は届いていない。

「ごめん!会えたのが嬉しくて、繰り返しちゃった!悪気は無いんだ!」

全ての白い目に素直に瞬時に応えるヴィヴィアンに、マイは口角を緩めて友人を振り返った。

「愛嬌があるったい。そげん悪い子やなか」
「……変なこと言われたらすぐ戻ってこいよ」

マイは頷いてからヴィヴィアンの居る教室の入口へと向かい、一緒に廊下へと出ていった。


「そんで?俺に何か用があると?」
「まずは自己紹介から!俺はヴィヴィアン・ベレスフォード。新入生です。マイには聞きたいことがあってさ」
「なんね」
「マイって将来農場主になりたいんでしょ?動物も大好きって聞いた。だから」
「待つったい。何でそれ知っとーと!」
「え?」
「家族と親しいシムにしか話しとらんはずばい」
「何で?」
「なんで?」

ヴィヴィアンの怒涛のコミュニケーションの仕方に、問いただしたい側のマイが面食らう。

「いい夢じゃん!そもそも将来の夢がハッキリしてて、それに向かって今から頑張ってるって時点で1000点満点でしょ!カッコイイよ」
「……」

マイがこの夢を親しい仲の者以外知りえないようにしたのは、どこかでその夢を笑われると恐れたからだ。自身が田舎の地方出身だということは話し方からしてわかる事で、それが周囲からどう見られるか、どういう印象を与えるかも理解していた。有難い事にそれを揶揄うような心無いクラスメイトに遭遇しなかったおかげでもあるが、アイデンティティを自ら否定したくなかった事もあり、弟のように標準語を話す意識はして来なかった。ただ、やはり思春期なので不安を抱えたまま自信を持って田舎の農場主になりたいとは言えなかったのだ。
それを何故か知っていた「不良だ」と噂される少年は、当たり前のようにその夢を素敵だと褒めて、マイの努力に頷いた。調子のいい適当な言葉かもしれない。それでもマイがヴィヴィアンを快く思うのに十分な姿勢だった。


「……何の話してたっけ?」
「俺に何の用やったかって」
「あ!そうそう、それでね?ラマのピンク色の毛はどうしたら手に入るか知ってる?」
「ヘンフォード・オン・バグレーの広場で売っとるよ」
「違うよ!ラマの毛をどうやってピンクにするのかって話!」
「あー……」

アンが食い気味にマイに詰め寄ると、マイは少し視線を逸らして頬をかいた。

「それは俺にもようわからんばい」
「え」
「今はまだ農作物の手入れの仕方を一通り教わった段階で、動物にはつい最近、鶏の面倒を見始めたところなんよ」
「何だぁ……。でも色々もうやってんだね。やっぱスゲーじゃん」
「チェスナット・リッジに父親の知り合いが居って、そこで面倒を見てもらっとるんよ。色んな動物に触るにも実家やと広さと時間が足りんくて」
「住み込みって事!?良いなぁ!俺も家を出たくて住み込みのバイト探してるとこなんだよね」

流石のマイもこれは「どうして?」と聞く文脈ではないと気付く。アンは特に気にしていないようで、そのままラマの毛の事だけを残念がっていた。
学校の中で広まる噂はそれに加担しなくても耳には入ってくるものだ。
ヴィヴィアン・ベレスフォードは良い所のお坊ちゃんだが、おとなしい双子の妹とは対照的に機嫌を損ねると手のつけられない不良で、毎日家に帰らずナイトクラブで暮らしている。
火のない所に煙は立たない。噂が広まる原因は確かに存在している。不良と肩を並べている姿が目撃されている事も恐らく事実無根ではない。
それでも、今目の前で気さくに笑って話す彼が、一概に悪いシムだとマイは思えなかった。


「……放課後、俺が世話んなっとう牧場に一緒に行ってみると?」
「え」

ラマの毛がどうやったらピンク色になるのかは、この先習う事だろう。
それなら少しだけ齧ってもいいはずだ。

「俺も気になるけん。一緒に聞くばい」
「いいの!?やったー!!え!ラマ居るの?」
「ラマもおるし馬もおるよ」
「馬!!そっか、チェスナット・リッジって確か馬の飼育が唯一許可されてるとこだったよな!わー!テンション上がってきた!」
「そしたらまた放課後に校門で会おう」
「了解!」


ヴィヴィアンはおもむろにマイに抱き着いてから、マイがそれに戸惑う間に離れ、次には大きく肩から手を振って廊下を走り去っていった。







─────────────────





「……なー。そんなに吟味する話?」
「前代未聞すぎるだろコレは」

RSTとミッキーはウィンデンバーグの図書館に居た。
昨晩ナイトクラブでそのまま寛いだミッキーは、やや自暴自棄を孕みながらこれまでの経緯をRSTに細かく語ってみせた。マザーを倒したらエイリアンが来て支配されそうになったのでマザーの力を借りてそれを倒したけど二人の友人が宇宙船の犠牲になって自分はエイリアンのポータルでこの過去に飛ばされてしまったと、息をつく暇もなく語り尽くした。
当然RSTは当初その話を信じようとはしなかった。バーで間違って悪酔いする酒を頼んでしまったのではないかとか、危ない薬を飲んだのではないかと疑った。
ミッキーの言動では判断ができなかった為RSTは少年のブラッドを吸う事でその疑いを晴らしたいと考え、恩を感じていたミッキーは二つ返事でそれを了承した。
誤算だったのはミッキーの体力がその時心許なかった事だ。案の定RSTの吸血によって体力を持っていかれたミッキーは、その場で気絶してしまう事となる。
そしてミッキーのブラッドを吸ったRSTは、彼の体に薬物やアルコールが入っていない事を知ると同時に、そのブラッドの味が過去に一度も吸った事のないものであり、完全なる未知の美味である事を知ったのだった。
RSTは倒れたミッキーを運んで隣の図書館のソファに寝かせると、自身はミッキーがタイムスリップしたという事実を念頭に、戻る方法がないか調べることにしたのだ。

「タイムスリップなんて解決できないよ。タイムマシンだってありもしないのに」
「フィクションの中の出来事だと思って来たが、実際にあるならこれは大問題だろ。エイリアンのポータルのせいだというのなら、天体系の情報に入る必要があるかもしれないよ」
「戻れないよRST。良いんだ、もう諦めさせてよ」
「そんな事言うなよぉ」
「期待するってね、……凄く疲れるんだよ」
「ミッキーくん……」

頭を抱えて蹲るミッキーにRSTはすぐさま寄り添って抱き締める。


「もう俺何も頑張りたくないよ」
「……」

かける言葉が何も出てこない。不意に自分の双子の弟の事を思い出して、もしミッキーが帰れなかったら一緒に暮らそうか、などと考えてしまう。しかしそんな事を今は言う時期じゃないはずだ。
RSTは自身の無力さを思い知る。彼は元々自己肯定感が薄い青年だった。ヴァンパイアになった事である程度の事はできるようになったし自信も付いたが、それでも苦しんできた人間時代が時折顔を出して苦しめる。お前には何もできないと、自分で自分を苦しめる。他のシムだったら、もっと助けになってあげられるのだろうか。

「……呼ばれたから来たけど、大丈夫そう?」


二人して悲壮感を両手に抱き締め合っていたら、後方から黒い霧と共に現れたシムが気まずそうに声を掛けてきた。RSTはバツが悪そうにミッキーから離れて「やあ」と頭をかく。

「来てくれて嬉しいよやまと。未来シムのブラッドなんて初めてだろ?」
「そりゃあ初めてだよ。……君がその、エイリアンのポータルのせいで未来から飛ばされてきたって言うミッキー?」
「……RST話したの?」

ミッキーは顔を上げてあからさまに気分を害した顔をした。

「俺だけじゃ解決できないと思ってさ!彼はそんなに悪い奴じゃないよ!」
「そんなに?」
「彼は前医者をしてたんだけど、患者からブラッドをちょろまかしてた事があって」
「RST?」
「……はは!!」

やまとが眼鏡越しにRSTに視線を送ると、ミッキーは思わず肩を震わせた。

「じゃあ、とりあえずやまとも俺のブラッド吸っとく?いっぱい寝て体力全回復してるし、未知の味だそうだし?」
「多分食べてきたものとか環境が今より遥かに質が良い事が原因だと思うんだよな」
「……んー……。そんなに言うなら一旦僕の家に移動しないか?吸うのも魅力的なお誘いではあるけど、分析したい所だね」
「OK」


ミッキーはソファから立ち上がるとやまとへと手を差し出した。

「改めて、俺はミッキー。……これからよろしくやまと」
「よろしくミッキー」

双方が握手を終えると、「じゃあ先に家で待ってるよ」とやまとは黒い霧と共にコウモリに姿を変えて飛び立ってしまう。

「一緒に行かないのか!」
「あー、彼は一匹狼な所があるから……」

またバツが悪そうにRSTが頭を搔くと、ミッキーは一拍置いて苦笑した。








─────────────────








放課後、授業の終了と共にヴィヴィアンは学舎を飛び出した。一目散に校門へと走って行こうとしているのだ。しかしそんな彼の頭上から「ヴィヴィアン!」と叫ぶ声が轟いた。何かと思って振り返れば、三階の空き教室のベランダから不良仲間のスウィフが顔を出している。


「そんなに急いでどこに行くんだ!?お前の好きなロッカーのアルバム買ったから一緒に聞こうぜ!」
「マジ!?ん~でも今日は、……ってか一週間は俺バイト入っててお前と遊べないわ!」
「はぁ!?付き合い悪ィぞ!」
「じゃあなー!」
「おい!!ヴィヴィアン!!」

スウィフの呼びかけを背中で無視してヴィヴィアンは校門に急いだ。まだ誰も通過しないであろうその場所でマイを待つためだ。一瞬スウィフが追いかけてくるかとも思ったが、彼はあの教室から出られないようで窓から恨めし気にこちらを睨むだけだった。

「おい」


その代わり、と言うのもおかしな話だが、昼間に見たマイと一緒に昼食を取っていた生徒が校門から出る間際にヴィヴィアンに声を掛けてきた。

「お前がどういうつもりなのか知らないが、マイは普通の、心優しいシムなんだ。変な事に巻き込むなよ」
「……」

ヴィヴィアンはケンカを売られているのだと理解した。しかしその怒りが真っ当であることも分かっていた。

「マイはいい友達がいっぱいいるんだな」

ヴィヴィアンの呟きに、生徒は眉間の皺をやや薄める。

「俺もマイのいい友達になれるように頑張るわ」
「……何でそんなにアイツにこだわるんだ?動物に触りたいだけならヘンフォードにでも行ったらどうなんだ」
「全然違う!俺の目的はマイと仲良くなる事だよ!」

生徒がヴィヴィアンの返答に面食らうのと、それをマイが耳にする事になったのは偶然だった。

「……えーっと……お待たせ?やね。エリックも牧場来ると?」
「いや、僕は行かないよ。……何か、その、仲良くなりたいとかなら、別にいいんだ……。その、また月曜日な!!」
「バイバーイ!今度俺に喧嘩売ってきたらちょっとはドつくからな!!」
「……」


マイはヴィヴィアンのさっきの言葉が未だに脳裏を占めている為リアクションを取れなかった。

「駅に行く?バスで行く?」
「駅まで歩くったい」
「チェスナット・リッジがどっち方面なのか俺知らないから教えてね」

自身の前を少しスキップしながら歩くヴィヴィアンの背中に、マイは困ったように微笑んで追いかけるように歩いて行く。


その様子を、少し離れた公衆便所の影から見ていた者が居た。

「……はは、今日があの日だったのか」

アンは校門から二人で談笑しながら歩くヴィヴィアンとマイを見送りながら感慨深げに呟いた。一先ず出会いはクリアしただろうか。いや、それだけではない。この出会いは大きな成果をもたらしている。もしこのままの流れを保てればヴィヴィアンは高校を退学せずに済むかもしれない。何せアンが覚えている今日以降は、まんまとスウィフの誘いにのって空き教室で襲われかけた後、自主退学する他なくなる事態に陥っていくのだ。
しかし今、彼の目の前で、その展開は訪れなかった。
目的を果たしたアンは周囲の生徒からの不安げな視線を掻い潜ってトイレの外に出ると、そこで待っていた青年に声を掛ける。


「サンキューな!おかげでバッチリ仲良くなってるのが見れたよ」
「何がサンキューだい!設備の点検を手伝うって言うから連れてきたのに、勝手にウロウロしてばっかりで困るよアン」
「悪かったよピーター!どうしても従弟の交友状態が気になっちゃってさ!」

ピーターはアンがヴィヴィアンにマイへの出会いを焚きつけた後、別のナイトクラブで出会った善人のシムだった。二人は大変気が合った為一夜で親友になるくらいに打ち解け、ピーターの話で高校の設備点検の仕事が入ったと聞いたアンは、持ち前の器用さで点検を手伝うと言って、翌朝彼についてくる形で高校に侵入したのだ。

「夕飯奢るよ。どこで食べたい?」
「……じゃあ、グリマーブルックのバーでもいいかな?」
「グリマーブルック?あそこにバーなんてあったのか!行こう行こう!」


楽し気な声の裏で、アンはずっと不安を隠している。
こんな事をしている場合ではないはずだとわかっていても、考えるだけ時間の無駄になると悲観して苦しむ自分で閉じこめる。
ミッキーはこの世界に居るのか。自分は帰れるのか。
アンはピーターと共に歩みながら、「グリマーブルックは魔法の国へと通じている」と友人の魔法使いが言っていた事を思い返していた。








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現在。マイは持ちなれない探査機を片手にワールド中を歩き回っていた。
理由は明白だ。
過去にいるアンのログがその探査機にリアルタイムで表示されるため、それを現地で追っているのだ。それが時と言う壁によって引き離されているこの状況を宥めるための苦肉の策だった。異なる時空で、同じ時間に、同じ場所に居る。アンからはわからなくてもマイからは傍に居られる。たとえ気休めだったとしても、意味のない事だったとしても、絶望に打ちひしがれるよりかはマシだと思えたのだ。


ポータルによってタイムスリップが起きた原因は、エイリアンサイボーグシムのコウによって説明がなされた。彼らの技術によって造られたポータルは、一定以上の負荷と所有者の喪失を検知すると、悪用されないように自動的に初期化が起きるようになっていた。その初期化の仕方が所謂「出荷時の状態に戻る」そのままの意である為、ポータル周辺の時間が巻き戻る。その巻き戻りに三名は影響を受けて、過去に飛ばされた可能性があるという。この機能でタイムスリップするというような事は宇宙史上一度も無かったためにそのような危惧はされてこなかった。以前の状態に復元する機能性もない。つまり、アン達はポータルでは戻ってこられないという事だ。

そうした内容を含めた現状の打開策をデルソルバレーのアジトで相談し合っていたが、その頃にはリースも目が覚めており、必然的に父親と弟、従兄弟と友人が行方不明となった事を知らされた。何もかもに酷く動揺して苦しんだリースだったが、ギャングワイフのお抱え化学者であるブレッドがアンの現在地特定探査機を作った事を受けて、マイにアンを追いかけるよう説得した。


「家に居るのにパパの姿が見えないだけで怒る父さんが、パパを追いかけないなんておかしいよ。私は大丈夫。マックスが傍に居るから。……父さんもパパと一緒に居なくちゃ」

そう言って泣きそうな顔で探査機を押し付けてきた娘を、マイは思い返していた。


「……グリマーブルックに来たばい」

探査機でアンの足取りを追い続けたマイは、普通のシムはほとんど訪れることのないオカルトタイプの住処の一つに辿り着いた。魔法の国へのポータルがある地域だ。

「アンは此処で何をしよーと」

同じ場所に居るのに、その姿は目に移らず過去の幻であり続ける。
それでも、元気でいるのならと、思うしかない。







─────────────────





チェスナット・リッジは常に乾いた空気と蹄の音が鳴り響く村だ。ライダーズ・グレンにある広々とした乗馬場の隣に建つ家には、ジョッキー・ホースマンと言う騎手が日々馬を可愛がっている。
マイに連れられてきたヴィヴィアンは、その家の前でプレーリー・グラスを食むラマに興奮し、「知らん奴が来た!」と足元で騒ぐ鶏に喜んだ。

「友達か?こった辺鄙な地さ連れでくるなんざ一体どうした?気性の荒ぇ動物しか居らんぞ」

ジョッキーは眼鏡を拭きながら帰って来たマイに笑いかけた。

「ラマの事で聞きたい事ばあるったい、連れてきたんよ」
「ほぉう。見たとこヤンキーな感じだが、動物さ興味があるってのか」
「ヴィヴィアン!俺がお世話になっとうジョッキーさんばい」

呼ばれたヴィヴィアンは鶏と遊ぶのを止めると走ってジョッキーの前にやってきた。


「ヴィヴィアン・ベレスフォードです!鶏めっちゃ可愛い!」
「ジョッキーだ。マイが友人を連れでくるなんて初めてでな、ラマの何がそったら気になった?」
「どうしたらピンク色の毛になるのかなと思って!」

ラマラマとシムが口に出したせいなのか、呼ばれたと勘違いしたラマがゆっくりと三人へ寄ってくる。

「そった事簡単だ。おやつを──」

ジョッキーは答えを直ぐに二人へ出そうとしたが、ふとマイがヴィヴィアンを見守る視線に気づいて口を紡ぐ。ヴィヴィアンは遊び途中で放置されて怒った鶏に蹴飛ばされており、それをじゃれつかれていると思っている少年は笑いながら相対していた。

「……?おやつを?」
「教えるのは簡単だけんど、やって覚えねど此処さ居る意味がねぇよな。家の裏手の倉庫さ色んなおやつ保管してある。二人で行って全部分析してみな。それでコレだ思うおやつば作って明日ん朝あげてみるどいい」

マイはなるほど、と言うような顔をして頷いた。

「ヴィヴィアン!一緒に動物のおやつを調べるったい」
「ん!はーい」

終始笑いながら鶏を撫で付けていたヴィヴィアンは、マイの言葉に再び引き寄せられる。それにまた着いて行こうとする鶏をジョッキーが捕まえて牧場の柵の中に入れてやった。鶏の抗議の相手もおざなりに、裏手へと進んでいく少年達の背中にジョッキーは声を掛ける。

「18時には夕飯だぞ、それまでにせめて正解を見づけてみるんだな」
「食べてっていいの?」
「何だば泊っていぐが?」
「いいの!?」

至極嬉しそうにするヴィヴィアンの声にジョッキーは肩を揺らしながら笑っていた。






─────────────────







やまとの家にはミッキーには見当もつかないような機器類が置いてあった。さながら研究室のようだとも感じる。

「手は触れないでくれよ」


様々の工具や工作品に囲まれながらそれを遠慮なく見ていると、ミッキーのブラッドを分析し終えたやまとが一室から姿を現した。ミッキーと共にやまとからの結果を待っていたRSTは、それまで寛いでいたソファから立ち上がって振り返る。

「どうだった?」
「結論から言うと、ミッキーの話したことは全て正しいのだと思うよ。現在公に出回っていない食品から得られるであろう高機能な食物成分や健康度、遺伝子的にも今の年代に合っていない」
「難しい事はよくわかんないけど、ミッキーくんの事を信じてもらえてよかったよ」
「……ただ一点気になる成分があった」
「何?」

それまで静かにしていたミッキーは、その空気を保ったままでやまとに問う。やまとはミッキーの隣に腰かけると、神妙な表情で再度口を開いた。

「君の細胞内に僅かだがこの星のモノではない成分が含まれているみたいなんだ。僕は君の話してくれたマザーという宇宙外来種の花について知識はないが、恐らく話を聞く限り、その花の影響を受けている。マザーが重力を操り、テレポートを行える生物だと言うのなら、もしかするとマザーが君を未来に返せるかもしれない」
「……そっか。マザーは確か大分昔からこの星に住み着いていたはずだから、今この時でもストレンジャービルには居るんだ」
「可能性は無きにしも非ずだろう?もう少しストレンジャービルについて情報を集めてから、君の知識と照らし合わせてみようじゃないか」

柔らかく笑んだやまとにミッキーはやっと安堵したように笑み返して抱き着いた。RSTはその姿を微笑まし気に見ていたが、内心では微かに未だ「これで本当に良かったのか」と自問自答を繰り返している。何故ならやまとの家の中をよくよく注視して見ると、大物セレブのゴシップ記事が載った雑誌に付箋が貼ってあったり、必要以上に最新の新聞が積まれてあったり、分厚いファイルが何冊も重ねてあったりと少々「情報漁り」に余念がなさそうだったのだ。機能性の高いPCも丁寧に置かれた何体ものドローンも、その観点から見ると怪しく感じてきてしまう。


「僕は朝までストレンジャービルで過ごしてみるよ。ミッキーとRSTは今の事も含めて諸々他のシムには話さないように注意しながら待っていてほしい。また朝に、オールドのバーで会おう」
「わかった。……ストレンジャービルは軍人がたくさんいるから気を付けて」
「僕はヴァンパイアだから多少の事は問題ないよ」

やまとはRSTを一瞥すると、RSTの不安を悟ったように口角を上げて笑んで見せた。

「ミッキーの事、頼むよ」
「やまと、俺は」
「そんなに心配しないでくれ、お互いにウィンウィンでしかないだろう?僕はストレンジャービルの秘密を今まで以上に明確化できる、ミッキーは元の世界に帰れるかもしれない。軍人たちが何を必死になって隠しているのかずっと気になっていたんだ。タイムスリップもエイリアンの話も一気に得られて、こんな話願ったり叶ったりさ。暫くは売るネタに困らない」
「……子どもを利用するなよ?」
「人聞きの悪い事言わないでほしいよ。この行動はミッキーの為にもなるんだから決して一方通行じゃない。でもコミュニケーションを取る事が僕は苦手だから、ミッキーの心の支えはRSTに任せるって言うだけだろう?」
「そうかな?」
「そうだよ!悪く考えすぎさ。……じゃあ、僕はもう行くよ」

憂う彼の肩を叩いてコウモリとなったやまとを追うように、RSTは暫く霧の消えた場所を見つめ続けていた。






─────────────────






ピーターはアンと共に昨日と変わらず楽しく談笑しながら少しのアルコールを飲んでいた。アンにも酒を飲むよう誘ってみたが、夫に止められていると嬉しそうに話すだけだった。
だがピーターはそれに引っ掛かりを感じていた。愛する旦那が居ると言うのに、連日知り合ったばかりの男と二人で食事をしていて大丈夫なのかという懸念だ。
ピーターは善人の為これを口に出さずにはいられなかった。
そこから空気は一変する。

「……もう帰れないんだ」

急に笑顔を失ってテーブルを見つめ始めたアンに、ピーターは焦る。

「旦那さんと喧嘩したって事?家を追い出された?」
「違う、帰る家がないんだ。此処にはマイも居ないし、リースもミッキーも居ない。ボス達も、同僚も、友人も、何もかも……」
「……アン、無理に話す必要はないけど、話が見えないよ」

ピーターの困惑はアンも分かっている。当然の反応だ。
それでも今まで考えないようにしていたものが溢れそうになって、抑える前にその一片が出てしまった。アンはグッと顔を顰めてから目を閉じて息を吐く。酷く苦しい呼吸だった。


「悪い……、ちょっと頭を冷やしてくる」
「……うん」

そう言ってお手洗いへと向かう為に立ったアンは、気まずげにしながらもピーターの頭を撫でて店の奥のソファスペースへと入って行く。ピーターは乱された髪を整えつつ、アンが何かを無理に隠そうとしている事を実感する。

「ん?」

奥に入ったアンはそのまま男子トイレへ行くと思われたが、ソファスペースに仲の悪い知り合いのシムが居たのか声を荒げて歩み寄っていく。ピーターもそれがただ事ではないとすぐ気づいて急いで席を立った。アンの声音の鋭さから判断しても喧嘩が起きる勢いだったのだ。


「お前らグルだったのかよ!!」
「誰だよお前!?急になんだ!?」
「スウィフもベルナーも!俺が退学になったり愛人として遊ばれたのも!!全部!!」

アンの拳の速度にピーターは間に合わず、シムは一人殴り飛ばされた。

「アン!どうしたんだ!」
「全部お前の差し金だったのかよアルフォート!!」

ピーターにはアンがどうしてこれほど激怒しているのかわからない。そしてソファに腰かけていたそれぞれのシム三人も、通りすがりの男にいきなり怒鳴られて襲われて困惑している。しかしピーターは三人は瞳に焦りの色が見えることも気付いていた。アンの怒りはどうやら理不尽なものではないようだ。
アンに殴られたアルフォートは、顔面の痛みを堪えながらピーターに羽交い絞めされたアンを見上げて次には真っ青になった。


「髭と髪型で分からなかった……。何でヴィヴィアンがこんな所に居るんだ」
「は!?こいつヴィヴィアンかよ!?今日は田舎に居るっつったじゃねぇか!」
「お、おれは何もしてないよ!君ともまだ知り合ってすらいないのに、そうだ、まだ話を聞いてただけなんだ!おれはまだ何もしてない!帰る!」
「おい勝手に逃げんじゃねぇよ!」

アルフォートを置いて裏口から走り去っていく二名を、アンは恨めし気に眺めるしかなかった。

「……ヴィヴィアン。僕はただ君に学校は窮屈だろうと思って」
「お前の話なんか聞きたくない!!二度と俺の前に現れんな!!」
「ヴィヴィアン」
「とっとと失せろよ!まだ殴られたいのか!?」

アルフォートは悔し気に血濡れた唇を嚙みながら足早にその場から去って行った。アンはその姿が見えなくなってから全身を震わせて怒りを抑えようとする。その背中を後ろから抑えようとしていたピーターの腕の力は、いつの間にか添えるだけになっていた。

「騒いでごめん、ピーター」
「謝るのはバーに来てたお客さんに達だよ。……と言っても人間の喧騒には全然興味ない魔法使いばっかりみたいだから、ラッキーだったね」
「……善人ってやっぱ気持ち悪いな」
「ええ?さっきの今で僕に悪口が言えるなんて!」

ピーターは小さく笑って力を抜いているがアンを離そうとはしなかった。

「全部話してほしいとは言わないけどアンが苦しそうなのは僕嫌なんだ。善意は君にとって苦痛の一つかもしれないけれど、それでも一人で抱えてほしくないよ」
「……うん」

アンは重たく深呼吸をすると、何かを決意したように頷いてからピーターから離れようと一歩踏み出した。
が。

「あれ?」

脚に力が入らず、アンはそのまま床へと倒れ込む。

「ちょっと、大丈夫……」


慌ててピーターが手を差し伸べるも、その手を取ろうとしたアンの手が、否、肌が、透けている事に気が付いた。さながらゴーストのように、向こうの床の木目が見えている。

「失礼。友情は美しいが私は一刻も早く君が何者なのかを知る必要があると思う」

双方に戸惑っていると、いつの間にか横に立っていた赤いコートを着たシムが神妙な面持ちでそう言った。

「私はモーギン・エンバー、魔法の国の賢者の一人。……君が此処に居る経緯を詳しく聞かせてもらいたい」
「何で……」
「考えるのは後だよ。このまま消えたくなければ共に魔法の国へおいで」
「先生」
「……ピーターも一緒においで。彼を一人にしたくなければね」

モーギンはそう言うとアンの肩を抱いて立ち上がらせ、手を振った。煌めく光に包まれた瞬間、そこに居た二人は姿を消していた。魔法の国へとテレポートしたのだろう。
ピーターも急いで後を追うように杖を取り出してテレポートを実行し、本部のポータル前に飛んだはいいものの、そこに二人の姿は既になかった。彼らはどこに行っただろうかと戸惑っていると、本部二階のバルコニーから「こっちだよ」とモーギンが声を掛けた。


「……さて、ではアンの話を聞くとしよう。ピーターは口を挟まないようにね」
「……はい」

いつの間にかアンは変装する前の姿に戻っていた。胡散臭そうな少し尖ったファッションの彼ではない、アクティブそうな青年が苦しそうに寂しそうにそこには立っていた。






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ボニーはただ座っているだけで良かった。
何かを願えば侍女がそれを用意した。延々とソファに寝転んで映画も見られたし、希望するブランドも宝石商も呼びつけられた。国王が帰ってくるまでの間なら顔のいい男達を呼びつける事もできた。
一夜にして一国の王の愛人となったボニーは、彼の金で豪遊する事に一切の遠慮はなく、またそれについて国王も全く厭わなかった。何せボニーから得られる「近い将来に起こる予言」は非常に的確で、全て現状国内で国王が晒されていた危険についてばかりだったのだ。
始めは可愛い男のおふざけだと思って聞いていた国王だったが、その助言を汲んで調査をした結果、目障りな宰相の改革計画は阻止でき、王妃の浮気も暴け、王子達の下剋上の企てすら未然に防ぐ事ができた。国王がこれに喜ばないはずがなかった。
一夜にして自身の天使を見つけたのだと国王は感謝した。
しかし国王以外の者たちは、やっとの事で独裁者を断罪できると抱いていた希望が、跡形もなく崩れ去ってしまい絶望の淵に立たされていた。隣国では富なき者は淘汰され、国の政策に反するものは排除される。王族の為の支配国家が続くのだ。
それは異国のSPですら知っている事だった。

「……このまま貴方が陛下に嫁ぐなどという事になれば、世襲が終わるやもしれませんよ」
「それはないよ?だってまだ捕まってない亡命してる王子が一人いるもの」
「少なくとも宰相の改革立案が正しいものだという事くらい貴方だってわかっていた事なのではありませんか?」
「国王様が不利になるならそれはきっと正しくないよ」
「貴方は貴方の幸福しか考えられないのですか!?」
「それの何が悪いの?」


ヘクターは処罰される覚悟でボニーへ言葉投げかけている。此処に国王が居たなら直ぐにでも捕らえられてしまう所だったが、幸い彼は今自室で就寝中である。ヘクターはボニーが国王の愛人となってから、ボニーが気に入ったという理由で国王のSPを外されボニーの傍に控えるよう指示されていた。これはヘクターにとって遺憾極まりない配属であり、耐えがたい屈辱でもあった。
実を言うと彼はSPの仕事につきながらも潜入捜査官として、国王の傍で不審な動きがないかの調査にあたっている立場だったのだ。しかしボニーのせいでその調査が進まないどころか、その調査の協力者たちが軒並み排除されてしまった。
だからこうして国王の目が届かない隙を見つけてはボニーを諭そうと動いていた。それをする以外に自身にできる事が現状何もなかったからだ。
しかしその姿勢が、ますますボニーを喜ばせる。

「ね。僕は未来でこれまでに五人の配偶者を失ってるんだよ。可哀想だからきっと神様も最後に僕にとっておきの旦那さんを用意してくれたと思うんだよね」
「何を馬鹿な事を……」
「幸せな事は心行くままに享受すべきだよ。ダーリンみたいに。……幸せは思っている以上に一瞬なんだから」
「何の得にもならん美学だ。国王への愛すらない癖に」
「愛してるよ!ダーリンはとっても可愛いからね。若造りしてるけど本当は結構おじいちゃんだし、僕についてくるのもやっとみたい」

脈略のない返答にヘクターは大きな溜息をついてから無言で壁際の定位置へと戻っていく。今日の諭しタイムは終了のようだ。






─────────────────







ヴィヴィアンとマイの動物のおやつ分析とおやつの調合はその日の深夜までかかった。明日が土曜日だったせいで多少の夜更かしも許されたのだ。最もヴィヴィアンにとってはまだ眠る時間ではなかったのだが、ジョッキーが気を利かせて自室のダブルベッドを少年二人に明け渡したおかげで一緒に眠る以外に選択肢が無かった。それでもヴィヴィアンはなかなか寝付けない。
明かりを消して真っ暗になった部屋もだんだんと目が慣れてきて隅々まで見え始める。ヴィヴィアンは暇つぶしにそれらを眺めながら、時折振り向いてマイを盗み見る。

「……眠れんと?」

何度も盗み見られたマイが、流石に目を開けてアンを見つめ返した。

「こんな時間に寝た事なくて……」
「……いつもナイトクラブで遊んどるって噂は本当?」
「本当だよ。ナイトクラブで宿題しながら、客に教えてもらいながら……あ!今日宿題やってない!」
「まだ土、日とあるばい。明日の朝一緒にしたらよか」
「あ、そっか……」


ホッとした顔ではにかんだヴィヴィアンにマイも笑む。

「……今日、めちゃくちゃ楽しくて休みの日な気分だった」
「おやつ作りがそげん楽しかったと?」
「鶏が途中で邪魔してくるし、馬も構いに来るし、こんなに動物があっちから触れ合いに来るなんて思わなくてさ。可愛くて、何かあったかかった」
「……ヴィヴィアンの友達とは牧場に遊びに行ったりせんの?」
「俺の友人達は俺も含めて、みんな夜の自由を好むから。基本的にカラオケとかボーリングには一緒に行くけど、あんまり表立った場所で遊ぶ事はないな」
「それは何か……寂しかね」
「……マイは大人の機嫌を損ねるような事しないと思うからわからないかもだけど、俺達は大人に逆らってばっかりだろ?そうすると、そういう真面目な大人が寄らないクラブとか、室内で遊ぶ場所で集まるようになるんだ」
「、悪気はなかったと」
「わかってるよ」

少し焦った声音のマイに、ヴィヴィアンは肩を揺らしながらポンポンとマイの布団を叩いた。

「だから今日は、凄く楽しかった。……俺、何かのお世話とかするの結構好きなんだなって改めて思ったよ」
「……ヴィヴィアン。これは答えんくてもよかばい。……でも、聞いても怒らんでほしか」
「なぁに」
「……ヴィヴィアンは何で家に帰らんと?」

暗闇に慣れた眼でもマイの緑までは見えない。どんな表情をしているのかも不鮮明だ。それでも優しく静かな声音で真剣に問うてくる彼の気持ちを、ヴィヴィアンは素直に嬉しいと感じた。

「心配してくれてたんだね。ありがと。……俺には気弱なリアって言う妹が一人いて、小さい時に片親の母親が死んでから一緒に叔父と叔母の家に引き取られて暮らしてたんだけど、そいつらが子育てする気が全然無くってさ、自分達の言いなりにならないとすぐ怒ってくる奴らだった。祖父母から送られてくる養育費もほとんど勝手に使っちゃうし、俺は昔から悪人気質だから余計にソリが合わなくていつも反抗ばっかりしてたんだ。でもそうする事である程度従順なリアが少しずつ可愛がられるようになって、俺が悪い子であればある程リアはいい子ねってそれなりに大事に金を使うようになってった。まあ、それでもリアにとっては窮屈だったと思うけど、最初の頃よりマシだった。……だから俺はできるだけ家に帰らないで、自分の金は自分で稼いで、俺に使われる予定だった少ない金もリアに行くようにしてるんだ」
「……」
「……俺、マイに謝らなきゃいけない事がある」


事情を聴いて絶句したマイを残してヴィヴィアンはそっとベッドから出ると自分の財布の中から一万シムオリオンを取り出した。その一万シムオリオンのお札をマイと自分の間に置いてベッドの上に座り込む。

「マイと知り合えたのは、変な男からお前と仲良くなれって言われたからなんだ」
「……何?」
「理由は全然わかんないけど、マイはいい奴だから、知り合うのはお前にも良い事だぞって言われて。それで仲良くなれたら二万シムオリオンくれるって言われて、つい受けちゃったんだ。……これは前金」
「……」
「もしかしたら俺の親戚の誰かだったりしたのかなって、今は思うんだ。だってマイは本当に良い奴で、俺の事ちっとも馬鹿にしなくて、全部あったかくて……」

ヴィヴィアンは俯いて、口を閉ざしてしまった。
マイはゆっくりと体を起こしてヴィヴィアンとの間にある一万シムオリオン札をサイドテーブルに置いた。

「ごめんなさい……」
「何について謝られとるんかわからんばい」
「……だって、俺、金に釣られてマイと仲良くなろうとした」
「ヴィヴィアンと仲良うなれたと思っとったのは俺だけやったと?」
「違うよ!俺もちゃんとマイの事好きだよ!だから、マイの優しさを裏切ったと思って……」

マイはヴィヴィアンを抱き寄せて髪を撫でた。
それにより彼はヴィヴィアンと出会った時に微かに香っていた煙草や香水の香りではなく、自身と同じシャンプーの香りが彼の髪からする事に気付いて、それに安心した自分にも気付いて、思わず笑った。

「何も裏切っとらんばい。ヴィヴィアンと俺は仲良うなった。そんきっかけがちょっとヘンテコだっただけで、ヴィヴィアンは動物にもジョッキーにも優しかったし俺にも優しかった。こうやって後悔しとるし、俺はなんも責めたりせんよ」
「……マイは怒らないの?」
「何を怒ったらいいかわからんよ」
「……」

マイの腕の中は今日一日の中で一番温かだった。
その温もりにヴィヴィアンが返せる事と言えば、お礼を言う代わりにその肩に擦り寄って抱き着くことくらいだった。ヴィヴィアンのどこまでも素直な振る舞いをマイはどうしようもなく愛しいと感じる。その勢いのまま、つい動物達にやるように、ヴィヴィアンの髪へと口付けた。口付けてからハッとして顔を上げると、ヴィヴィアンが目を瞬かせてマイを見つめている。どう言い訳しようにも気まずいとそのまま慌てていると、次にはヴィヴィアンがマイの頬にキスを贈った。


「……ちがった?」

キスしてからヴィヴィアンの頬が見る間に紅潮していく。それは暗がりでも分かるくらいの速度だった。

「ま、まちがえた、ね?」

マイが静止して動かなくなってしまったので、ヴィヴィアンは一人羞恥心でパニックになる他ない。

「あ、えと」
「ヴィヴィアン」
「はい」

静止したマイから名を呼ばれて思わず肩を竦めた。

「……間違えたと?」
「え……」
「俺へのキスは間違いやったと?」

マイは距離を取ろうとしたヴィヴィアンを捕まえて迫る。後ろは床だ。落ちる以外に逃げ道はない。

「ま、ちがいじゃない……」
「さっきの“ちゃんと好き”はそういう意味やったと?」
「え!?いや、さっきのは、友達としてだけど」
「そんならヴィヴィアンは友達にもキスすると?」
「ふざけてはした事あるけど」
「素直!!そうやなか!ならさっきのもふざけとう?」
「マイ……!」


詰め寄られてどうにもならなくなったヴィヴィアンは体中の血液を沸かせていた。本人もどうしてこんなに恥ずかしいのか自覚できていなかった。それでも全力で戸惑っていて、困っていて、そして微かに期待している。

「いじわるやだ……」

顔を真っ赤にさせながらぎゅっと目を閉じて消え入りそうな声でそう抗議するヴィヴィアンに、思春期の少年の心は搔き乱されて堪らない。

「ヴィヴィアン」

目を閉じると一層他の四感が鋭くなる。
耳に落ちたトーンの低い優しい声音も、熱く火照っている頬に添えられた大きな手の感触も、全部が刺激になっていく。

「俺もヴィヴィアンの事好いとうよ」


声と共にヴィヴィアンの頬にキスが一つ落とされた。先程のお返しだろうか。緊張しきっていたヴィヴィアンがホッと安堵したように肩の力を抜いて目蓋を上げると、眼前に、マイの緑色の瞳が細められていくのが見えた。






─────────────────








「……君はタイムスリップしたと気付いていたにも関わらず、過去の自分自身と顔を合わせて、あまつさえ君の過去とは違う事をさせるよう促した。タイムスリップは確かに前代未聞の出来事だが、明らかに君が存在証明を失いつつあるのは君自身のせいじゃないか!」
「そんなの知るかよ!!あの頃の俺が苦しくて辛かったのを知ってて、見て見ぬふりなんかできるかよ!どうせ帰れないなら、それくらい良いだろ!」
「良いか悪いかのレベルじゃない。これは未曽有の自体なんだ!確証が無いにしても何が起因で未来が変わるのか誰にもわからないんだ。ただでさえ三人も過去に来てしまった可能性があると言うのに、それだけでも世界の流れが辿っていたはずの未来と異なる可能性があると言うのに、あまりにも軽率だ!」
「じゃあどっちだって変わんないだろ!!此処に俺が居ることだって異常なんだ!俺が何しようと、何もしなかろうと、既に過去は変わってる!アンタと俺が関わる事だって本来は無いはずなんだろ!」

アンはこれまで抑えていた理不尽な境遇に対しての怒りをぶちまけていた。愛する家族に二度と会えないという哀しみと孤独を、今ティーンの自身に託す事でその恐怖から逃げようとした。それでも何もかもが不安だった。自分のよく知っている世界だと言うのに、自分が居るべき場所はどこにもなかったから。

「じゃあ何だよ、俺は過去に来たと気付いた時点で死ねばよかったのか!?来たくて来たんじゃねぇよ!」

アンの声量が大きくなっていくに連れて、二人を横で見ていたピーターがアンに近付いていき、最終的にはその肩を抱いた。怒鳴り散らしている反面、アンが内心ではこの状況に怯えている事が手に取るようにわかったからだ。自分自身が自分自身によってなかった事になるのだ。恐ろしくないわけがない。

「……君は暫くここに居なさい。外に出たら改変された過去が君を容赦なく侵して半日もしない内に消えていくだろう」
「……ッ」
「アン!」

アンはピーターを軽く突き飛ばすとその場から走り去っていく。
ピーターは一度モーギンへと振り向いて悩ましげに表情を曇らせたが、アンを見失う訳にはいかないとすぐさま足音を追いかけていった。

「アン……!」


アンは本部の崩れた渡り廊下に立っている、彫刻の下に隠れるようにして蹲っていた。
ピーターはその姿を目で捉えると、アンが外に出ていなかった事への安堵を覚えると同時に、想像だにしなかった彼の苦悶に対して掛ける言葉がない事への口惜しさで胸を痛めた。できるだけ静かにアンへと近づき、その隣に腰を落とす。
それでもやはり、アンを慰める術は見つけられない。

「……僕と一緒に学校に行ったのは、従兄弟を見る為じゃなくて、昔の自分の様子を見たかったからなんだね」
「…………お前も俺に説教するのか」
「違うよ。ただ君の事が一つ知れて、良かったと思っただけだよ」
「何が良いもんか。どうせその内俺は消えてなくなっていく。きっとお前だって、俺の事を忘れていく」
「それなら忘れる前に、もっと君の事を知らなくちゃもったいないね」
「……」

アンは顔を上げられない。
けれど俯いて泣く資格もない。
自分が愚かだったことも、取り返しがつかない事も分かっていた。
自身の自暴自棄で、現実逃避で、どれくらいのシム達が巻き込まれたかわからない。
変わった過去の影響が自分の子ども達に必ず関わってくる事を予想できないほど想像力がないシムでもなかった。
だからミッキーを探せなかった。
合わせる顔もなかった。
自分が苦しかったティーン時代にマイに出会えていたら、きっと辛くなかっただろうと言う妄想を形にしてしまった。身勝手な願いを優先した事を誰よりも己が理解していた。

「ね、アン。旦那さんの事教えてほしいな。ティーンの頃から出会っておきたかった程大好きなんでしょ?ティーンの旦那さんはどうだった?」
「……あのマイは俺のマイじゃない」
「……あ!そのスマートホンにたくさん写真とか入ってるんじゃない?電波が無くてもフォルダは生きてるかもしれないよ、見せてくれる?」
「……そんなことして何になるんだ」
「君が最後まで旦那さんを愛していた事を、自分の世界が狂っても愛していた事を、証明する一因に僕もなりたいなって」

アンは静かに肩を震わせる。

「お前やっぱり気持ち悪いよ……」
「ひどいなぁ」

善人シムの凝り固まった一方的で押しつけがましい善性に悪人が救われることはない。
それでも、差し伸ばされた手に縋ってしまう事くらいは許されるのだろうか。










─────────────────






早朝、ストレンジャービルから帰って来たやまとは、再度ミッキーが持つ未来のストレンジャービルの情報と現状を照らし合わせて今がどの段階にあるのかを確認した。ミッキー達の時間では軍事施設はマザーの研究と管理を半ば放棄して、ストレンジャービル全体の印象操作と隠蔽工作に力を入れていた。しかし今のストレンジャービルはまだクレーター内の研究施設がかろうじて機能しているらしく、地下深くのマザーと対峙する為に潜入するには研究員の目を掻い潜る必要があるようだった。

「まあ、中に入ったらいくらかの目は誤魔化せると思うよ。僕はシムに命令したり、欲求を極端に操って気絶させたりもできるし、RSTも幻覚を見せたり一定の命令をシムにできるからね」
「気が乗らない話だけど、危害を加えるわけではないし……。協力するよ。まだ中に研究員が居るって事はマザーの胞子に対する防具服を用意する必要もなさそうか。こちらとしては好都合だな」
「……二人ともありがとう」
「ただ問題なのがストレンジャービルの主要な駅には軍人が数人立っていて、外からのシムを極力入れないようにしているみたいなんだ。だから公共の交通手段は使えない。隣のチェスナット・リッジから崖を超えてストレンジャービルに入る必要があるよ」
「二人はミストになったりコウモリになって手間をかけずに侵入できるのに、俺が足手まといになっちゃうんだな……」

希望に手が届く可能性がみられる作戦を得られても、何かしらで気落ちする気配を出すミッキー。


「君が居なくちゃマザーとは対峙できない。ミッキー、君は必要不可欠だ。それにこれはミッキーを救うための案だよ。主役の君が落ち込んでいては僕らも士気が湧かないよ」

やまとはミッキーの落ちた肩をなだめるように手を添える。少年はその手をそっと取ると、軽く鼻で笑ってから少し力を含めて握り込んだ。

「やまとが俺の為に動いてない事はわかってるよ。ストレンジャービルのネタがどれ程の金額になるのかはわからないけど、姉ちゃんだってギャングワイフのボスに良いように駒にされて探ったんだ。一つの街を支配できる情報と、俺に対する好奇心と、エイリアン花の謎。どれも美味しい話だと思う」
「……」

やまとはRSTを盗み見る。疑いの目だ。
その視線にRSTは黙って首を横に振り続けた。自分がやまとの裏の顔をバラしたわけではないと否定する。

「……何てね!それも含めて、お礼を言うよ」

ミッキーはやまとの手を離すと苦笑して抱き締めた。
やまとは再びRSTに視線を送る。今度は困惑の目だ。
RSTも同じく困惑の表情を浮かべて肩を竦めるしかない。

「ストレンジャービルが今どんなに危険な場所なのかは今の説明で何となくわかったからさ。軍人たちが厳重に警戒しているその渦中に、リスクを負っても一緒に来てくれるんだろ?」

黙り込むやまとの肩口で、ミッキーは喋り続けた。


「やまとは賢いヴァンパイアで、俺と違って高慢じゃない。自分の能力も過信してない。その上であの異常な研究施設に潜り込む計画を立ててくれた。マザーに万が一襲われるリスクは?軍人たちに姿を見られるリスクは?RSTの無償の善意とはまた違う、ドローンを使って自身を危険に晒さないやり方で中の様子だって見られるかもしれないのに」
「そこまでだよ」

やまとはミッキーの体を引きはがして少年の肩を両手で押さえる。

「……僕は、これが一番効率が良いと思っただけだ。それ以上でも以下でもないよ」
「でも」
「わかったってば!」

ミッキーの口を手で塞いで、やまとは顔を顰めたまま俯きがちに静止を唱えた。

「照れた?ねぇ照れた?」
「急に生意気な子どもになるんじゃないよ……。RSTも笑うんじゃない!」

やまとは居た堪れない空気から逃げるように、「始発でチェスナット・リッジに行くからね」と言葉を残してコウモリになって消えてしまった。RSTとミッキーは顔を見合わせてから、RSTのスマートホンで電車の時刻表を急いで調べる。

「やばい!始発って後30分後じゃん!!」
「急げ急げ!」
「あ!?」

RSTはミッキーに声を掛ける間もなく彼の体を抱き上げると、そのままヴァンパイアの疾走でウィンデンバーグの駅へと向かっていくのだった。






─────────────────





今は夏。朝日の昇りが恐ろしいほど早い時期では同然鶏の起床を知らせる鳴き声も早い。

「餌はどうせ小屋の周辺にしか撒かねぇんだから、此処に来てもおやつしかやれねぇよ?」

顔を洗ってもまだ寝ぼけ眼のヴィヴィアンは、ラマに与える為の「誘惑的なおやつ」を持って玄関を出た所だった。その足元では昨日の出迎え同様に鶏がまとわりついて鳴き喚いている。

「すっかり気に入られとるね」
「ラマにおやつあげたらお前もいっぱい構ってやるからさぁ」

マイは一足先にラマを小屋から呼び出しており、ブラッシングをした後その毛皮に頬をすり寄せた。ヴィヴィアンは鶏の猛アタックを華麗に回避しながらラマへと歩み寄っていき、少し撫でた後おやつをどうぞと差し出した。


「ピンクになるかな……」
「なるはずばい」

二人の心配を余所に、誘惑的なおやつをムシャムシャと食べたラマは一瞬にして全身の毛側をピンク色へと変化させる。

「可愛い!」

ヴィヴィアンはラマに思わず抱きついたが、ラマはマイの視線が少し刺さって気まずかった。

「おめでとさん!無事さ目的は達成だな!」

その後ろで馬のコース練習場から仔馬の首を掻きながら、ジョッキーは称賛の声を掛けてくれる。

「今更だけどラマの毛をピンクにしたらピンクの毛しか取れなくない?大丈夫だった?」
「ほんに今更だな!でも気にするな、ラマの毛ぇは刈り取ったら元に戻んだ」
「そっか!良かった!」

ヴィヴィアンはジョッキーにそう返しながらラマから唾を掛けられ、飛び上がって主張してくる鶏に気圧される。しかしその表情は明るい。
マイはそんなラマをなだめてから小屋の掃除とおやつの補充をし始め、ヴィヴィアンは鶏が満足するまで遊んだり抱き締めたり話しかけた。双方がどちらの仕事も終わらせる頃には、庭のピクニックテーブルにジョッキーがエッグトーストとミルクを置いて行ってくれ、二人は嬉し気に声を上げて隣同士で朝食を取った。


「……ラマの毛をピンクにするの解決しちゃったけど、俺またここに来ても良いのかな?」
「ジョッキーが何て答えるかはわからんけど、俺は大歓迎ばい。むしろこれから此処に帰って来たらよか」
「それは……」
「嫌?」
「……マイのそう言うの狡いってば」

意地の悪い顔で笑んだマイに、ヴィヴィアンははにかみながら彼の肩に軽く体重をかけた。

「は?待って?」

そこに、予期せぬ誰かの大声が響いた。
マイとヴィヴィアンが声のした方へと振り返れば、同じ年くらいの顔の整った少年と、彼の連れであろう二人の若者が歩みを止めて振り向いていた。


「待って待って待って」

少年はこの世の終わりを見たかのような形相でヴィヴィアン達に迫ってくる。

「おかしいだろ、親父達はティーン時代に会ってないはずだろ!?」
「なんね急に」
「誰だよお前!意味わかんねぇぞ!」
「おかしいだろ!?親父がギャングワイフに入ってから同僚だった叔父さんを通じて父さんに会って……」
「何の話してんだ!?おい!コイツどうにかしろよ!!」

RSTとやまとも慌ててミッキーを抑えようと動いたが、ミッキーの勢いは止まらない。


「やめろよこんなのありえないだろ!!」

ミッキーは目の前の光景が何をもたらすのか悟っている。その未来に気付いただけでも恐ろしくて、だただた叫ぶしかなかった。マイがヴィヴィアンの肩を抱くようにしてテーブルから立ち上がらせると、ミッキーと二人の間にジョッキーが立ちふさがった。それでも、ミッキーには恐ろしい光景を育もうとする二人の未来しか見えない。
このままでは姉のリースはおろか自分ではない別の子どもが産まれる未来しかないのだと。

「嫌だ!!俺は親父達の子どもなのに!!」
「ミッキー、落ち着いて」
「ミッキーくん!」
「嫌だ!!!俺を無かった事にしないでよ親父!!!」

尋常でない叫び声に、ジョッキーもただマイとヴィヴィアンに家の中に入るように促すしかなかった。やまととRSTは二人がかりでミッキーを羽交い絞めにすると、悲痛な泣き声を溢れさせ始める彼を引きずる様にしてその場から離れて行く。


「嫌だ……、嫌だ……父さん……。親父……」
「……」

RSTにはその苦しみが痛いほどわかった。自身が双子の片割れと共に産まれない世界線に落とされでもしたら、同じように泣き叫んで狂う自信すらあった。この世界はミッキーにとっての正史ではないという事なのだろうか、それともまさか、過去が変わってしまったと言うのだろうか。

「早く、マザーの所に連れて行くんだ。それしか方法はない」

RSTの思考を肯定するように、泣きじゃくるミッキーを諭すように、やまとが静かに言葉を紡ぐ。

「……もう、ダメだよ」

しかしミッキーは大きく首を振った。その動作にRSTがなだめようと振り向けば、少年の肌が透けてきている事に気が付いた。

「!?や、やまと!ミッキーが……!」
「透けているよね。わかってるよ」
「わかってるって……!」
「でもミッキーは此処にちゃんと居るだろう?」

やまとは立ち止り、RSTと共に抱えていたミッキーを手離してから強引に立たせた。項垂れているミッキーの透けた頬を両手で挟み、憂う瞳を真っ直ぐに見つめる。


「君はさっき自分で言っただろう。俺を無かった事にしないで、と。……自分から諦めてどうするんだ、君は此処に居る。僕たちが君を見てる、君と出会ってる、まだ君は此処に居る!君がまだ僕らの目の前に居るって事は、まだ未来は確定してないって事だ。諦めるには早すぎるよ」

ミッキーは力強い説得に再び涙を流して悔し気に頷いた。RSTがそんなミッキーを抱き締めると、少年は力強く肩を叩いてお礼を返す。すると不思議な事に透けていた体はまた徐々にその輪郭を取り戻し始めたのだ。

「……とにかく急ごう」

やまとはミッキーの手を取ると、足早に荒野へと進んでいく。RSTはミッキーの背を軽く押しながらその足取りを支えるのだった。










─────────────────







泣き疲れていつの間にか寝ていたのだろうか。アンは目が覚めると冷たく湿った枕カバーの不快感を一番最初に味わった。そしてベッドの脇のミニチェアに腰かけて寝ているピーターの姿を見てから、部屋のステンドガラスから見える魔法の国を覆っている魔力の渦を暫しの間眺めていた。

「……」

スマートホンの電源は切れていた。眠りに落ちる最後までマイの写真を眺めていた記憶が残っている。アンはその平たい電子機器をベッドの上に置くと、結婚してから今まで外すことのなかった誓いの証を薬指から抜き取った。

「ありがとうな、ピーター」

それを寝ているピーターに握らせて、アンは静かに部屋を出ていく。決して形見のような意味合いで手放したのではない。マイと自分を繋ぐ最後の絆の形が消えてしまう瞬間を見るのが怖かったからだ。アンはどこか無機質な表情を携えて、魔法の国のポータルに向かっていく。

「……外に出たら半日ももちませんよ」

その後ろから、モーギンが最後の警告を口にした。

「……此処に居たってどうせいつかは消えるんだろ。それまでずっと此処に居るのはごめんだ。それに、タイムリミットは短い方が苦しまなくて済む」
「ピーターは君に寄り添おうとしたのに」
「……俺はな賢者、悪人なんだ」

アンは微かに笑んでからポータルを抜けていく。

「善人を悲しませるのが趣味なのさ」






─────────────────





マイは魔法の国の一室から再びアンの行動ログが消えたことに気が付いた。
その頃には段々と探査機のログも細かな座標を残さなくなってきていた。アンがどこに行ったのかと探査機を睨みながら次の座標を待っている間、不意に視界の端に見覚えのある何かが映り込んだ気がした。
思わず振り向いて棚を見ると、埃の被ったスマートホンがある事に気が付いた。そのスマホケースはアンが使っているものと同じもので、マイは慌ててそのケースをはぎ取る。
そこには一枚の写真が入っており、昔付き合う前に誘われて行った遊園地のフォトブースで撮った、失敗作だった。

「アン……」

間違いなく同じ場所に居たのだと確信する反面、何故これが此処に、埃を被ってあるのかと考えて胸が締め付けられる。膝から崩れ落ちて泣いてしまいたい気持ちを抑えて、マイは探査機に目を配る。そこには新しい座標が更新されていた。
アンがよく好きだと言って訪れた、スラニのビーチだった。


「……ヴィオレット、そこに居る……?」
「ええ、……居るわよ」

その頃、デルソルバレーのアジトに預けられていたリースもその体を消しかけており、既に視覚の機能が失われつつあった。聴覚もほとんど働かない段階に来ている。ヴィオレットが彼女の頭を膝に乗せてあやすように撫でているが、その感覚もリースにはほとんど伝わっていないのだろう。
マックスはついさっき跡形もなく消えてしまった。この現象が起き始めたのはつい5分前の事だ。

「ああ、こんな事なら……マザーなんか……、倒さなければ……」

リースのか細い声に、ヴィオレットは無言で目を伏せるしかなかった。







──私を倒した英雄が、私を倒したことを嘆いている──
──私を倒したことは決して間違いではありません──
──そのような事は認めません──
──そのような願いは叶え難い──
──私の存在唯一の汚点です──
──願いに寄り添い最適解を出します──






世界は混乱を極めていた。
新しく産まれた命から順に、若い者たちから順に、その存在を消し始めていたのだ。本来であればリースも既に消えている頃合いのはずだったが、彼女はマザーの恩恵があるおかげなのかまだ世界から存在を肯定されているようだった。

「……ここまでなのか」


アーチーはマスクを取ってその威厳を落とすように項垂れた姿勢でソファに寝転んでいる。つい先程まで部下達の生命反応が消えた事を知らせるアラームがマスク内で延々と鳴り響いていたが、数秒も経たぬうちにその部下が誰だったかもわからなくなる自身に嫌気がさして、こうして終末を待っている。
自身が消えた後、どこかで新しい自分が、全く別の自分が、暮らす世界になるのだろうか。世界がすべて上書きされ、何もかも、今の全てが無かった事になるのだろうか。
アーチーは窓から見える空を眺めていた。建物や風景は少しずつ変化しようとしていて気分が悪い。空高く煌々と輝く太陽は、例え今が改変されても唯一この景色の中で変わらないはずだ。

「……何だ?」

変わらないはずだと思った直後に、アーチの視界に広がる空模様が急激に悪化し出した。一瞬にして分厚い黒い雲に覆われた空。セレブの都である天下のデルソルバレーでさえ未来では産業地区へと変わり果てているのかとも思ったが、そんなレベルの雲の色はでは決してなかった。一気に夜へと変貌を遂げていく世界と共に、アーチーはその目に映るもの全てが急速に薄くなっていく事に気付いた。

「まさか──」








─────────────────







「僕は全てが欲しかった」


薄れた体のボニー・メイは、今まさに亡骸となった国王を優しく抱き締めながらそう言葉にする。
四方から拳銃を構えられながら、それでも優雅にベッドに横たわり愛おしそうに国王にキスをする。

「全てが欲しかったのに、僕には未来がなくなっちゃった」
「意味の解らない事を言うな!国王を離して救護させろ!」


SPの一人が懇願にも似た声音で要求する。

「もう助からないって事、わからない?」

優しく微笑みながら、ボニーはSPをなだめるかのように絶望を突き付ける。

「死神はね、不思議な事に足場を無くしてると入ってこれないんだよね。だから君たちがそうしてベッドを囲っていると、陛下の魂を狩るまでに時間がかかってしまう」
「構うものか!陛下の魂が亡くなったら大事だ!!」
「別に僕は魂を刈らせたくない訳じゃないよ?ただ死神が陛下に近付いたら誰かが命乞いをしてしまうから、それを止めてるんだ」
「な」
「だって陛下が生き返っちゃったら、陛下は僕のものにならない。世界は、僕のものにならない」
「陛下を殺しても世界はお前のものになんかならないぞ!」

ボニーはSPの中でも彼の言葉の意味を理解している者と、そうでない者が居る事に気が付いた。

「そっか、まだ知らないシム達も居たんだった」


ボニーはきょとんと愛嬌のある表情を見せてから、再びそれはそれは美しく微笑んだ。

「陛下は自身の鼓動をスイッチにして、爆弾を乗せたミサイルを発射させるシステムを組んでるんだよ。その中身が何なのか、どれだけのものが、どこに落ちる予定だったのかは報道されなかったからわからないけどね」

SP達の表情がいよいよ恐怖に染まっていく。

「僕が愛するはずだった沢山の未来を、僕が終わらせる。その全てが僕のものになるんだ」







─────────────────






既に実体を感じられないくらいまで薄れたミッキーを抱えて、やまとは吠え続けるマザーの目の前に立っていた。言葉を発する気力もない、かろうじて動く目でやまとを見つめ続けるミッキーに応えるように、彼はマザーへ立ち向かう。

「君が将来可愛がるシムの子どもだ!君がこのまま何もしなければ、君が倒される未来は来ない!」

マザーはやまとの言葉に怒りを表すばかりだった。その咆哮が「不敬だ」と告げているようで耳が痛い。扉の向こうで軍人たちが騒いでいる声を聴きながら、その扉が開けられないようにと抑えているRSTは、当然マザーへ気を配る余裕はない。

「……シムを愛でるようになるのはもっと先の話だったのかもしれないな」

やまとは苦虫を嚙み潰したかのような表情でそう呟いた。ミッキーは静かに目蓋を閉じていく。
しかし、可能性はまだ一つ残っている。

「マザー!わかってるのか!?お前はこんな小さな少年少女に打ち負かされる日が来るんだ!原始の生命体だか何だか知らないが、こんな惑星に根を張って覗き見てる根暗な花なんか──」

怒り狂ったマザーはやまとへと柱頭のような舌を伸ばしてきた。やまとはソレをミッキーに絡ませて瞬時に避ける。


「やまと!?」

RSTの非難の声を背に受けながら、やまとはマザーがミッキーを呑み込んでいくのを見つめ続けた。




──私の細胞が過去の私と接触──
──ありえません──
──私が倒される世界線が根底から消失します──
──許容できません──


──世界線が修正可能な段階ではありません──
──過去の私の判断力の欠如は汚点です──
──この消失の起点から分断する他ありません─
──起点はどこに──





今まさに、空の彼方から何本もの弾道ミサイルが大気圏に再突入しようとしていた。

「お前が過去からやって来たと言うのなら、俺もその馬鹿げた話に則ってみたぞ!!」


絶望しきったSP達が項垂れて膝をつく中、国王の寝室の扉を蹴破ってヘクターが現れた。

「どうせ死ぬなら最後まで足掻く!何が起こるかわからんが──」
「何を……」

ボニーはヘクターの怒声に面白いものを見るような笑みで振り向いたが、その瞳に映ったヘクターの隣に立つ少年に絶句して目を見開いた。




「「僕だ」」





──二重歩行者邂逅により生じた時空の波を感知──
──起点を発見しました──




──世界線の分断を開始します──





──過去の汚点、『私』を世界線の分断と修正に消費します──



「どうやら上手くいったみたいだね……、未来で会おうミッキー」























ドッペルゲンガーがお互いに出会う事によって生じた小規模な時空の乱れが、マザーの感知能力に触れて一気に肥大化する。世界の理の一部である原始生命体はそのまま時空を歪めると、この先に続く未来と過去の全てを代償として、消失するはずだった世界線を「過去」と分断した。
その際には「過去」が新構築される発端となった「ボニー・メイの帽子が風に飛ばされた」事象を起点として分断された。ボニー・メイの帽子が飛ばされた瞬間は、ちょうどジェイクとウォルフガングが母船を遥か遠くの宇宙空間に押し上げた地点だ。
現在の「今」をその地点にリセットし、それ以降を「過去」とした。
そしてリースの「マザーを倒さなければ良かった」に対する最適解。リースの後悔がジェイクとウォルフガングを失う間際に始まった事から、時の流れはそのままに、そこからエイリアンの襲来が起きる日の朝までの全ての記録を復元した。
世界の状態はエイリアンが襲来する予定だった日の午前四時の状態に巻き戻され、エイリアン達のみ、その日の朝の座標を復元された為、破壊された宇宙船や小型機、乗っていた全ての生命体は残骸と共にそのまま宇宙空間を漂う事となる。







─────────────────




「ジェイクッ────……?」

ミッキーは叫びながら自室で目を覚ました。
自分は今さっきまでサンマイシューノのセンターパークで母船と共に消えていった従兄弟と友人を嘆いていたはずなのに、何故自室で暢気に寝ているのか。

「どうなってんだ?」

枕元のスマートホンを手に取って違和感を覚える。

「……そうだよな?エイリアン達が侵略しに来たのは確か三日前で……」

自身でそう呟いてから、ミッキーは慌てて起き上がり服を着替え始める。その合間合間にジェイクとウォルフガングへメッセージを送り付け、最後に姉へ電話を掛けながら着替え終えたミッキーは両親の寝室の扉を開け放った。

「……ッ」


そこには普段と変わらぬ姿で寄り添って眠る両親が居り、まるでエイリアンの襲来が夢の中の出来事であったかのようだった。
ミッキーは込み上げる安堵の涙を肩で拭いながら、寝ている両親の頬にそれぞれキスした。それを受けて目を覚ましたのか、アンが少し身を捩りながら薄目を開いてミッキーを見上げる。

「……おはよ、……どした……?」
「おはよ。姉ちゃんとこに、ちょっと行ってくるわ」
「……今何時?」
「朝の四時」
「何で……?」
「姉ちゃんに会いたくなっただけだよ。じゃあね」

ミッキーはそう言ってスマートホンが発し続ける呼び出し音と共に急いで家を出て行った。
アンはミッキーが乱暴に閉めていった扉の音を脳内で反芻させながら、あんなにシスコンだったかなぁとぼんやり笑っていた。

「……ミッキーはなんて?」

マイは目を閉じたままアンを抱き締めてその額と頬にキスをする。

「リースに会いに行くんだってさ」

くすぐったそうに小さく肩を揺らしながら、アンもお返しにとマイの鼻先と目尻にキスをした。


「……あれ」

キスをしただけだと言うのにアンの視界は涙で潤って歪んでいく。無意識にあくびをしたのかとも思ったが、あくびで出る涙の量では無かった。次から次へと大粒の雫がアンの頬を伝って落ち、それはマイの顔の上にも当然降り注いでしまう。マイは飛び起きてアンの両頬を自身の両手で包むと、涙腺が壊れたアンの瞳の黄色い光を不安そうに目で追った。

「どげんしたと?」
「わかんない」
「悲しい夢でも見たと?」
「わかんない……、全然何も覚えてないよ」

何も覚えていないのに、酷く寂しくて辛くて孤独だったような気がするのだ。

「マイ……、マイ」
「ここにおるったい」
「うん、そう、そうだね」
「愛しとうよアン、ずっと傍におるけんね」
「うん、マイ……」


大丈夫大丈夫と、マイはアンの顔中にキスを贈りながらその背中を擦ってやった。しがみつくようにして抱き着くアンの腕は、暫く小刻みに震えて怯えているようだった。

「夢で泣くなんて初めてやね」
「……ほんとな」
「アンにもまだまだ愛らしかところがあるったい」
「……落ち着いてきたら急にめちゃくちゃ恥ずかしくなって来たわ」
「落ち着かんとって!まだ泣いとってもよか!」
「やだよ!」

夢は時が経つにつれて忘れていくものだ。それはついさっきの事も例外ではない。

「俺もミッキー達がエイリアンと戦う夢を見たんよ。子どもが危険な目に合う夢は敵わんね」
「……ちょっと気になる」
「朝ご飯食べながら話すばい」
「忘れちゃわない?」
「あげん夢忘れた方がよか」

マイは苦笑するとまだ少し涙目のアンの唇を軽く食んで鼻先を擦り寄せた。
二人が今日の日付を見て違和感を覚えるのはまだもう少し先であり、マイがリンと同じ夢を見ていたと知るのはその日の夜の事だった。




















fin..............








              ………………









───another epilogue & prologue───














スラニのサンド・シムオリオン・ビーチ。
マザーによって等しく復元されたその場所は、何一つ変わりなく穏やかな波とそこに暮らす海洋生物が泳いでいる。その海洋生物を含めた自然環境を守るために、日々海の研究とそこに住まうシム達の安全に気を配っている魔法使いが一人、早朝からいつものルーチンワークである砂浜の上を走っていた。今日も昨日と同じく平和な朝だと思っていたカルヴィン・オックスリーは、一瞬で全てが三日を経ている事に気付く訳もなかった。しかし彼は次の瞬間、不可解な現象に直面する事になる。
波打ち際を走りながらその波の音と冷たさを楽しんでいた彼の前に、突然、座り込んでいる青年が現れた。その距離は歩幅よりも近く、視界に誰かが現れたと同時にカルヴィンはそのシムに当然ぶつかって双方とも砂浜に倒れ込む事となった。


「申し訳ない!」

カルヴィンは咄嗟に謝罪の言葉を述べて直ぐに起き上がったが、ぶつかってしまった青年は何が起きたのかよくわかっていないと言うようにずぶ濡れになった自身を見つめて困惑しているようだった。

「……大丈夫ですか?」

再度声を掛けながら、カルヴィンはその青年が自身と同じ魔法使いだと気付いた。そして同時に彼の纏う魔力の質が全く馴染みのない色をしている事にも気が付いた。それは高齢の魔法使いが使用する魔力の色に似ており、青年の初々しさからは到底出る事のない年季だった。

「あ、すみません。僕、貴方にぶつかってしまいましたよね」
「ああ……、どこか調子が悪いんですか?トランステレポートの不良は初めてみますが……」
「いえ、今のは僕がやったんじゃないんです。僕はついさっきまで魔法の国に居て、この指輪の持ち主を探そうとしてたんですけど……、ってあれ?!指輪がない!!」

青年は気の良さそうな顔を真っ青にして砂浜に躊躇なく這いつくばる。

「大事な結婚指輪のはずなんです。……僕がまだ彼の事を覚えてるって事は、彼はまだ消えてないって事のはずだし、それなら返してあげないと……」
「……手伝います」

カルヴィンは青年の呟きの八割をも理解できなかったが、指輪を落としたと言うなら探してあげなければと思い同じように膝をついて身を屈めた。

「指輪は此処にはないよ」

その背後から、静かな、しかしよく聞きなれた声が二人に掛けられた。
振り返らなくても分かる、常日頃、師として仰ぐべき存在だ。

「「モーギン先生」」

ピーターとカルヴィンは見事に声を合わせてしまい、お互いに気恥ずかし気に笑み合った。

「……っと、指輪がないってどういうことですか?」


ピーターは一緒に探してくれようとしたカルヴィンの腕を引いて立ち上がらせると、声音と同じく静かに歩んでくるモーギンに尋ねた。
モーギンは眉尻を下げながら、一度だけ唇を噛んで一呼吸を挟む。

「君はヴィヴィアン・テラコッタが巻き込まれてしまったポータルと同じ現象で、未来の、別の世界線へと飛んできてしまったんだ」















fin

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