敵の敵は敵だ!Part.3 (後編)

※このシリーズは前回の悪人プレイから世界を引き継いでいます。
※悪人プレイ本編に直接的には関わってこない、ギャングワイフの短編小説です。
※ストレンジャービルのネタバレを含みます。
※ギャラリーからお招きした他シムラー様のシムさんとの交流が含まれます。
※デフォルトシム(ウォルフガング、マックス、ジャック、マザープラント)の設定捏造、恋愛等様々な交流があります。固定CPがある方、ガチ恋の方など、該当デフォシムに思い入れがある方はご注意ください。何が起きても責任はとれません。



※この記事は小説の後編です。
前編のネタバレを含みますので読まれる際は前編からご覧ください。









「コウがマザーに乗っ取られたわ」

クレーターの上空、出現した螺旋状の雲間の中をドッグファイトする小型機達の様子を峡谷の端で見つめながら、ヴィオレットはイヤホンに手を添える。

「リースは無事治療できたそうよ」
「そうか……」
「良かった」

同じく峡谷からドッグファイトの様子を見守っていたアーチーとジャックは同時に安堵した。

「マックスの乗った宇宙船はまだ奴らには見つかってないのか」
「トイが上手く隠れながらスナイパーしてくれてるわ」
「優秀な人材だな……」

ヴィオレットは得意げに微笑みながら、視線を下げて見えないクレーター内部に思いを馳せる。

「後は、マザーがどう答えを出すのかね……」





コウを自身の翻訳機端末として操る事に成功したマザーは、少年達に囲まれながら淡々と言葉を紡ぐ。

「この世界中に張った根からあらゆる記憶を読み取ればわかります。お前達シムは常に私の期待に違わない、とてもユニークで、愛らしい種族だ。確かに私はこの星を簡単に支配できるでしょう。しかしそれをしないのは、この星の在来種であるお前たちが可愛いからです。私はお前達シムにとって、この街の試練として君臨している事が楽しくて堪らなかったのです。お前達が私を恐れたり私を利用したり私を愛でたり私を倒そうとする全ての意志、感情、そしてそれぞれの繋がり、その全ての流れが愛おしい。だから私を倒せた者の願いには応えます。何度でも蘇り、何度でも倒される。何度でもその記憶を消して繰り返させられる。それに足る生命がお前達です」


静かな寝息を立てるリースに膝枕をしながら、マザーはその頭を優しく撫ぜた。
ミッキーは客観的に見た時のその絵面の地獄さに戦慄しつつ、写真を撮ってマックスに送りつけたい衝動と戦っている。最も撮るためのスマホを持ち合わせていない事に気付くのはもう暫く経った後になる。
彼らはマザー本体が根城にしているこの空間がマザーの根の力によって一切崩壊し得ない事を知った為、地上より遥か上空でどれだけ激しいバトルが繰り広げられていようとも全く臆せずに寛ぐ事ができた。

「だからお前達の願いを助ける事には賛成します。この男を端末にする過程で分析しましたから、該当エイリアンに対するウィルスも直ぐに散布できます。この星に居る全てのエイリアンを眠らせて、母船に集められた捕虜にされたシム達を解放する事も容易となるでしょう」
「マザー……」
「しかし私自身は動きません。それ以上の支援もしません。この星はお前たちのモノ。お前達が母船や他の宇宙船に乗り込みなさい」
「え」

マザーの寛大さに酔いしれたのも束の間、ジェイクは急に後頭部を叩かれたような気分になる。

「私が彼らを殲滅する事は容易ですが、それをすればもうこの星は私のモノになりますよ?それでも構わないのですか?」
「構うよ!」

ジェイクは眼鏡を振り落としそうな勢いで首を振った。

「何か変なとこでケチだなマザー」
「口を慎みなさいな、いけない子」

ウォルフガングの余計な一言に、マザー本体から伸びてきたツタが彼の頬を軽く往復ビンタしていった。ミッキーはその様子に思わず口元を抑えながら、慎重に言葉を紡ぐ。

「……マザー、一応言うと俺たち以外にもまだ捕らえられていない大人が六人は居るんだけど」
「大人を頼るなとは言いませんが、私の力に耐えられる生命力は子どもであるお前達が限界です。大人では私の生命力の強さに適応できず融合も不十分となり、直ぐ本来の生命力が枯渇して干からびます」
「え、待ってください。マザーは僕たちに力を与えてくれるんですか?」
「お前たちのような貧弱な生身でどうやって母船に乗り込んでいこうと思ったのです?もう少しよくお考えなさい」
「……そこまでしてくれるのに自分は動かないのかよ」

マザーはまだ憎まれ口を叩くウォルフガングに微笑んだ。

「母は、子のお膳立てをするものですよ」








『どうしよう!俺今超無敵なんだけど!!』

宇宙船のコックピットには、ローガンからの無線が元気よく響いていた。


「こっちも無敵すぎて逆につまらなくなってきてるぞ」
「かんせんするかんせんするかんせんするかんせんする」
「しかも隣はビビり散らかして超うるせぇ」
『はっはっは!!!こんなの怯えてる場合じゃないだろー!』
「君たちは感染したことがないからわからないんだ!」

事態は少し前から劇的に好転していた。
何故なら突如船体のあちこちに生え始めた謎の植物が、外部からの攻撃を全て無力化してくれていたからだ。それはローガンの乗る小型機もトイフリッシュたちが乗る宇宙船にも同等に起きており、ローガンに至ってはただ敵機を確実に狙う事だけに集中すればいいシューティングゲームと化していたのだ。


コミュニティルームに半ば閉じ込められていたマックスの元にも謎の植物は現れており、彼は暫くそれを取り払おうと苦心していたが、ツタが自身を引き千切って出た体液で「リースは無事だよ」と書き綴ったおかげで、彼らが味方なのだと理解した。そして理解したその瞬間に、リースが彼の目の前へとテレポートで送られてきたのだ。
横たえて眠り続けているリースをそっと抱き寄せて、マックスはその顔色が良くなったことと体温が正常に戻っている事を痛感した。






「……それで、あたし達の元ヘは貴方がやってきたという訳ね」

峡谷の三人の元へは、マザーに乗っ取られたままのコウが姿を現していた。

「話は全てこの男に内蔵されている通信機から聞いていたと思いますが、挨拶がてら顔を見に来ました。あの三人の子ども達を私が一時的に預かります。母船は現在サンマイシューノの上空にいますから、彼らの活躍を見たければ宇宙船に戻り、テレポートしてくるといいでしょう」

ヴィオレットは無言でマザーを見つめ返し、アーチーはその間に少し割入って口を挟んだ。

「……マザー、アンタにとっては俺達も溺愛対象なのか?」
「ギャングワイフのボス、アーチー・エヴァンズ。貴方は私が今まで見てきた中で一番タフな存在です。本当は貴方に憑りついてみる事も考えましたが、貴方の威厳を尊重して今日は止めました。……機会があれば私と融合してみましょう」
「魅力的な誘いだ。一考しよう」

お互いに微笑み合っているが目は笑っていなかった。それはマザーからの遠回しな脅しだったのだ。子ども達だけで二度も自身と対峙させた事を、経緯がどうあれマザーは咎めているのだ。

「マザー。本当に子らはあんたに任せて大丈夫なのか?生命力がどうとか言っていたが、あの子らにも限界はあるだろう?」

ジャックは一人だけ険しい顔を崩さない。
流石子を持つ親と言ったところだろうか。マザーも彼には小さく会釈すると頷いてから神妙な表情を取った。

「ご明察の通り、限界があります。彼らにはその限界が示す兆候を伝えてありますので、活動可能な範囲で捕虜の解放と宇宙船の討伐を遂行する事ができるはずです」
「……もし子らがその限界を超えても力を酷使し続けたらどうなる」
「……」

マザーはクレーターの方を見遣り、その表情を失った。

「自我を失い、私の一部となるでしょう」


遠くを見るマザーの視界に、それまで沈黙を貫いていたヴィオレットは躍り出る。そうしてマザーを睨みつけるとその胸倉を掴んで引き寄せた。

「コイツはあたしの部下なのよ。……用が済んだら必ず返しなさい」
「そんなに怒らないで、……わかっていますよ。必ずお返ししましょう」

ヴィオレットは釈然としない表情でマザーを睨み続けている。対するマザーは何かに擽られているように、微かに身を捩って小さく笑いだした。

「今のあなたの言葉を、この体の持ち主が喜んでいます」
「……やっぱり返さなくても良いわ」







マザー組以外が宇宙船へと戻る頃、それまでミイラのようにマザーのツタが全身に撒き着けられていた三人は、コウの姿をしたマザーの端末が戻ってきたのを合図に解放される事となった。


「気分はどうでしょう、シムの子らよ。細胞の組織構造を突貫ですが書き換えました」
「……体がうずうずするよ、めっちゃ今すぐ動きたい」
「体中に電気が流れてるみたいだ……、強くなったって実感できる。父さんに会ったら自慢しなくちゃ」
「今なら喧嘩に全勝できるな」
「私が初めに言った事を忘れないでいなさい。頭痛と眩暈、私の声が脳内にではなく肉声で聞こえ始めたら直ぐに戻ってくる事。戻りたいと思えば体が勝手に私の元へ動くはずです。……無理をしてはいけませんよ」
「はい、母さ……」

ジェイクの元気な返事に、ミッキーは笑み、ウォルフガングは肩を竦めた。

「すみません、間違えました……」
「良いのよ。だって私はマザーだもの」

マザー本体から伸びるツタがジェイクの髪を撫でて、笑ったミッキーの頬を軽くつついた。

「でも忘れないで、あなた達の親の事を。……私への畏怖はその者達への潜在的な畏怖。大事にしなさい」
「……オレはもう、この世に居ないけどな」

ウォルフガングは呟いてから「しまった」とバツが悪そうな表情を見せる。そんな彼の頭も、ツタは優しく撫でていく。

「この世に居なくともあなたがその証明です。あなた自身を、大事にしなさい」

ウォルフガングは一度足元を見てから唇を左右に動かして悶々としたが、不意にはにかんでマザーへと頷いて見せた。マザーは優しい微笑みを返す。

「さあ、お行きなさい。私は近くから見ています」

よし、と三人は互いに拳を合わせあい、最後にもう一度マザーへと振り向いた。
もちろん、本体の巨大な花の方だ。

「マザー、力を試したいからこのまま天井突っ切って上がってもいい?」

マザーは嬉し気に咆哮するとツタで彼らを抱きすくめ、そのまま勢いよく三人共一緒に上へと放り投げた。

「マザー!!!そうだけどそうじゃないー!!!」

彼らの体は最早ダイヤモンドに匹敵する強度を持っていたようだ。マザーが放った速度を緩めることなく天井を破壊し固い地面に穴をあけながら上へ上へと上昇していく。そして指折り数えるまでもなく、研究所の上空、クレーター全体を見下ろせる程の高度、螺旋状の雲間へと到達していた。

「普通にこえー!!!」

ミッキーがその高さに震え上がっている間に、ジェイクはサンマイシューノの方角に悩んだ。しかし次の瞬間には「こっちだ」と理解する。マザーと感覚を共有しているおかげで世界中に張り巡らされた根と、散布された胞子からの情報が入ってくるのだ。


「僕は母船に一直線に向かうよ、二人はどうする?」
「オレは宇宙船を手当たり次第ぶっ壊して回りながらサンマイシューノに向かうわ。エイリアン共ともやり合ってみたいし」
「えーーー、じゃあ俺もそうしようかな。宇宙船の量結構あるし、手分けしようぜ」

重力を無視して浮きながら会話する三人は、傍から見ればあまりにも異質だった。それにすぐ順応できてしまうのもマザーとの感覚共有があるからなのだろう。

「じゃあ、また向こうで会おう」
「了解」
「あ、ジェイク待てよ」

直ぐにテレポートしようとしたジェイクの腕をウォルフガングが掴む。
ミッキーは茶化すように両手で顔を隠しながら、助走もつけずに急速に一方向へと飛んで行った。

「何かあったらすぐ呼べよ。無理もするな、怖いと感じたら逃げろ」
「わかってるよ。……ありがとうウォルフ」

空中で抱き締め合うと、無重力状態のようにそのまま前進しながらクルクルと二人は回り出した。その動きに二人して爆笑する。

「キスしたらどうなるかな」
「マザーに感覚共有されるんだから今はダメ!」

「別に私の事は気にしないで良いのよ」とテレパシーが入ってくる時点でアウトである。

「じゃあまた後で」
「ああ」

ジェイクはウォルフに微笑んだ後、サンマイシューノへとテレポートした。
当然のことながら一瞬で空間を移動した事に驚きを隠せない。
少年が素直にすごい力だと感心していると、ある一点が気に掛かってそちらの方へと飛んでいく。全く何もない宙の空間だが、ジェイクにはそこにアーチー達が乗った宇宙船がある事が感覚的にわかった。

「シールドの視覚効果が切れてるわけじゃねぇよな?」
「全システム問題ないよ。多分マザーのせいだ」


すっかりコックピット専門になってしまったトイフリッシュとブレットが、その正面でにこやかに手を振るジェイクに怪訝そうな表情を見せる。アーチーは感心するように穏やかに笑み、ローガンは大きく手を振り返した。もちろん、ジェイクにはそれが見えない。しかし感覚的にはわかる。

「母船に行ってきます」


サンマイシューノ全体をその影で覆い尽くす程の大きさを誇る円盤型の宇宙船は、明らかに誰がどう見ても母船であった。


近づくにつれてエイリアン側の機動特化型小型戦闘機がジェイクへと向かってくる。
しかしそれらの機体がジェイクへと接近してくるその間に、ジェイクは既に空気中に散りばめられているマザーの微小な胞子達を急激に成長させて、機体の中を植物で溢れさせる事ができた。無力化したそれぞれの機体をサンマイシューノの公園に積み重ねていきながら、ジェイクは母船を見上げて感覚を研ぎ澄ませる。活性化された胞子達は母船の中にももちろん既に湧いており、エイリアン達が阿鼻叫喚しながらも次々に意識を手放して行く様子が離れていても手に取るようにわかった。

「不戦勝ってやつだね、これは」

ジェイクは戦わなくて済むことに安堵し、母船の入口へと向かっていく。
厳重に閉ざされているはずの搭乗口は植物の繁殖によってこじ開けられ、ジェイクは流れるように船内へと侵入する。捕虜がいる場所も既に把握しているため、迷うことなく母船内を進む事ができた。道中に転がるエイリアン達の姿には一切見向きもせず、ジェイクは脳裏で様々な胞子の情報から目的の面影を探し続けていた。


「どこだ……、どこにいるの……」

攫われたシムを全員助けるとは思っていても、やはり会いたいのは堪えられない。ジェイクは脳裏で愛する二人の姿を探しながら、捕虜がいる部屋のポータルを見つけて即座に起動し、そこに広がる異次元空間へと迷いなく飛び込んだ。


「何だ!?人が浮いてるぞ!」
「助けなのか!?」
「おーい!」
「馬鹿!エイリアンかも知れないじゃないか!」

そこは白い壁が延々と続くだだっ広い何もない空間で、シム達は本当にただここに集められているようだった。上空を浮遊するジェイクを見つけた人々は、彼に様々な声を掛ける。ジェイクは小さく手を振り返しながら、必死に見知った顔を探そうとしていた。

「ジェイク?」

それは胞子から得た情報だった。肉眼では捉えられなかったが、確かに母親の声が胞子の近くで自分を呼んでいた。その胞子の情報が瞬時に位置情報として理解でき、自身の体が吸い寄せられていく。

「ジェイク?どこに?」
「今、あっちの上を飛んでて」

父親も一緒に母親の傍に居たのだ。
ああ、よかった。

「母さん!父さん……!」

ジェイクは異次元空間の床に足を付けると、遠方に居る両親の元へと駆けていく。


「ジェイク……!!今お前飛んでなかったか??」
「ジェイク!!」

リンが困惑しながらジェイクの元へと走ってくる、その後を必死に追いかけてくるリアの姿もあった。

「父さん……!!」
「ああ、無事で良かった……」


どれだけ超自然的な存在になっていても、父親からの力いっぱいの抱擁には敵わない。まるで自分の胸に頭を入れ込もうとするように、リンはジェイクの髪をかき乱しながら我が子の頭を抱き締めた。

「ジェイク……!」

空いた我が子の背中を、リアが抱き締める。
華奢な腕はまるでジェイクにしがみ付いているようで、固い鎖のようだとも思った。今はそれが何にも代えがたい愛おしい束縛だった。

「ごめんなさい、私あなたを眠らせてしまって……。気付いたらここに居て、あなたが居なくて……、リンに申し訳も立たなくて……」
「母さん、大丈夫だよ。母さんは正解だったんだよ」


リンが家族二人を強く抱き寄せたせいで、ジェイクは全く身動きが取れない。もちろんその手を退ける事も、テレポートで抜け出すこともできたが、この状況でそんな事を誰がしようと思えるだろうか。

「……父さん。僕、今ちょっと強くなっててね。色々あって、みんなを助けられるんだ」
「…………、やっぱりさっき浮いてたよな?」
「話が早くて好きだよ父さん」

リンは愛する息子の顔をもみくちゃに撫でながら、その顔中にキスを送った。

「叔父さん達は近くに居る?ミッキーも無事なんだ。今ウォルフと一緒に宇宙船をぶっ壊して回ってる」
「アンが聞いたら二重の意味でトんで喜びそうだな。確か向こうに皆と一緒にいるんだが……」
「……時間はあんまりないんだ。先にみんなをここから出すよ」
「ジェイク、何か危ない事をしているの?」

リンの手が顔から離れたかと思えば今度はリアがその顔中にキスを落とす。

「危なくは、ないはず。……母さん、また少し離れるけど、後で一緒に家に帰ろうね」
「絶対よ?」
「うん、今みたいに迎えに来るね」
「愛してるジェイク。私たちの可愛い子」
「愛してるジェイク、……頑張っておいで」

ジェイクは両親の頬にキスを送り返すと、屈託なく微笑んでから床を蹴った。その体は両親に向いたまま迷いなくポータルの入口へと戻っていく。瞬間的に豆粒のような大きさになっていく両親の姿を見送りながら、ジェイクは深呼吸した。

「地上は直ぐそこだよ、父さん」


エイリアン達が目覚める気配はない。
ジェイクは母船内へと戻るとポータルの入口を繋ぐあらゆる電源をマザーの胞子やツタに代替えし始める。言わばどこにでも繋がる扉に即席のバッテリーを付けて、外に出してしまおうというのだ。十分な生命力の循環を電力へと変換し、ジェイクはポータルを両腕に抱えるとその場でジャンプして見せた。彼の両足が床に着く瞬間、トンネルを掘ったかのように大きく穴が開いてジェイクの体はその場で落下していく。ポータルが引っかからないように大事に抱えながら、彼はまた数える間もなく母船の外へと出る事ができた。

「とりあえずセンターパークに下ろそう」

一直線にその場に向かって行ったジェイクは、散乱する瓦礫を植物たちで払ったり蹴り飛ばしながら、何とか障害物の少ない更地にする事ができた。その中央の少し上空に彼はポータルを配置すると、今度はポータルの端をもって引き伸ばしていった。その頃にはジェイクが何をしているのか一部始終を垣間見ていた中のシム達が集まっており、ジェイクがポータルの入り口を大きく引き伸ばした瞬間、中では大歓声が巻き起こった。


「すみません、お待たせしました」

ポータルの入り口は今やトンネルの出口のように開けられ、中のシムが余裕をもって地上へと戻ってこれるようになっていた。
シム達は口々に「ありがとう」と叫びながら、荒れ果てたサンマイシューノに愕然としつつも、自由の地に再び舞い降りられた事に喜んだ。
ジェイクが安堵したのも束の間、上空で爆発音が轟いた。見れば小型機でチャンバラをしているミッキーとウォルフガングがおり、ジェイクは眉を顰めてそちらへと飛んでいく。

「何してるんだ、下に居る人に瓦礫が落ちたら危ないだろ!」
「あ、ごめん。あまりにも小型機がうっとうしくてつい」
「もう捕虜の人達は解放できたのか」

小型機をそれぞれビルのてっぺんにキレイに乗せながら、ミッキーとウォルフガングは肩を竦めた。

「母船のエイリアンは全員気絶済み、今も誰一人として起きてないよ。みんなが入れられてたポータルごとセンターパークに出したから今外に順番に出て来てる所だ」
「俺達は各地の宇宙船と小型機の殲滅完了だ。宇宙船25の小型機62!」
「宇宙船34の小型機53だ」
「二人とも総数は一緒だね」
「「そうなんだよ」」

不満げにする二人にジェイクは首を傾げる。
不思議そうなジェイクの顔に毒を抜かれたのか、ミッキーは一息つきながら「俺も親父達を探してくる!」とセンターパークへ降下していった。

「……ジェイクは親父さん達には会えたか?」


ウォルフガングはミッキーの背を見送った後、晴れやかな顔をしているジェイクに笑んだ。
その優しい問いにジェイクは破顔して大きく頷くとそのままウォルフガングに抱き着いた。肩口に顔を寄せて、愛おしむように彼の首にキスを落とす。ウォルフガングはビルの外壁にもたれ掛かりながら、気が抜けて甘え始めたジェイクのしたいようにさせることにした。眼下ではセンターパークのポータルから無限に湧くのではないかと思う程にシム達が延々と外に排出されていく様子が窺える。
これで、オレたち人類の勝ちなのだ。




「親父も父さんも超元気じゃん」
「お前はいつからスーパーマンになったと!下りといで!」
「いやだよ!下りたら絶対めちゃくちゃキスとかハグされるじゃん」
「何でだよさせろよ!」
「……ミッキー、抱き締めさせてくれんとか?」
「マイが寂しがってるじゃんか!俺も寂しいー!!」
「うるせー!」


照れ臭くなって素直に甘えられなくなったミッキーは、両親を前にしても地上に降りる事ができなかった。しかしそんな息子がどうしても可愛い二人は、マイがアンを肩車する事でその距離を縮めようとした。

「何、やめてよもっとハズイじゃん。何でそんなに抱きしめたいわけ?」
「親が子どもを抱き締めるのに理由なんかないんだよ来い!」

ミッキーは父親たちの剣幕に圧されて、徐々にその表情から笑みを消し始めた。それは決してネガティブな感情ではなく、ただひたすらに安堵したからだ。

「……勝手に、捕まったとかさぁ、見張られてるとかさ……」

両親に似た端正な顔が歪む。
それを必死に隠そうと、ミッキーは腕で顔の上部を覆ってしまう。

「話の途中で、電話切れるしさ……」
「ごめんな」
「謝るなよ、父さんなんも悪くねぇじゃん……」
「不安にさせたっちゃんな」
「……ごめんな、俺が喧嘩っ早いばっかりに手錠掛けられちゃってさ」
「馬鹿じゃないの?」

視界が隠れたその隙に、両親はミッキーへと近づいてアンは浮かぶ息子の肩を抱き寄せた。昔から上手く泣けない可愛い息子は直ぐにしゃっくり上げるから、優しく背中を撫でてやるのだ。

「マジで、……良かった……」
「うん」
「助かって良かった」
「ありがとうな」


やっと地に足を付けたミッキーを、マイは優しく抱き締める。アンはその上からミッキーの頭をこれでもかと言う程撫で回していた。

「……あ、親父達ごめん、俺ちょっと行ってくる」
「どこに?」
「この力、返さないとちょっとまずくて」
「借りたものはちゃんと返さないかんね。直ぐ行っておいで」
「……ん。あ、今度は姉ちゃんと帰ってくるよ」
「リースも無事なのか!」
「そういう言う事は早よ言いね!」

また後でゆっくり話そう、とミッキーは両親から離れてビル群の中へと消えていった。

「……頭痛がする?」
「ジェイクもか?そろそろ限界が近いんだろうな」
「マザーも呼んでくれてるね、行こうか」

じっと抱き締め合っていた二人は、脳の奥が痺れる感覚に引き際を感じてマザーの気配が強い方向へと向かおうとした。
しかしその時、上空で微塵も動きを見せなかった母船がゆっくりと傾き始めたのだ。

「何で……?」

マザーからの共有感覚では未だに中のエイリアン達は誰一人として目を覚ましていない。にも拘らず母船が動いている原因は一体なんだ。

「……どうしようウォルフ」
「何だ」
「僕、母船のエンジンルームを破壊して下りてきちゃったんだ……」
「……つまり?」
「母船がサンマイシューノに落ちてきちゃうんだ……!」


言うや否やジェイクは母船の元へと瞬時にテレポートした。その瞬間に彼の脳は、今度は確かな痛みを伴う頭痛を覚える。傾き始めた母船を上へと押し上げるだけでも、その頭痛はどんどん痛みの深度を増していくようだった。

「……体が耐えきれなくなってきてる」

脳裏ではマザーが仕切りに「返しにおいで」と呼んでいるが、とてもじゃないがサンマイシューノに落ちようとする母船を放置してまで、力を返す事ができる程の自己愛をジェイクは持ち合わせていなかった。そんな彼の状況を理解したウォルフガングは、同じく増し始めた頭痛を抱えながらジェイクの肩を揺する。

「ジェイク!無茶だ!マザーに頼もう!」
「……ダメだよ。マザーは僕らに力を与える事と、エイリアンを無力化する事以外は支援しないって言っていた。これは僕の失態だ」
「そんな事言ってる場合かよ!」
「折角助けたのに……!こんなのが落ちたらみんな……!!!」

ジェイクの脳裏には古い格言が思い起こされた。
大いなる力には、大いなる責任が伴う。
まさに、今のこの状況の事なのではないか。


マザーに能力を返還し終えたミッキーは、彼女の厚意でテレポートによってリースと共に両親の元へと送られていた。リースは相変わらず眠り続けているが、いい夢を見ているのか終始微笑んでいる。両親は彼女を無理に起こそうとはせず、アンは瓦礫にもたれて座り込みながらリースを膝枕してその頭を撫でていた。ミッキーもマイともう一度固く抱き締め合い、温もりに強く安堵していた所だった。

「……ジェイク?」

そんな彼の目に父親の肩越しから見上げた上空で、母船がゆっくりと押し上げられていく様が映った。




頭が痛い、たまに視界が壊れたテレビの様にざらついて見える、それでも体中にみなぎる力は増えていくようで、母船を押し上げる速度は増している。

「ジェイク、これ以上は危険です」
「マザー……」

ああ、まるで耳元で囁かれているみたいで安心するな。

「ジェイク……!!」

ぼんやりとし出した思考を、ウォルフガングの声が引き戻す。

「本気でこのまま押し上げる気なのか」

ジェイクの震える手に自身の手を添えて、彼は静かにそう問いかけた。


「……どうせなら、宇宙に返したいんだ。残しておいてもいい事ないのに、どうしてもっと早く気付かなかったんだろう」

ジェイクの瞳から涙が零れ落ちる。
それは高速で移動する故の重力のせいであり、頭の痛みから来るものでもあり、自責の念でもあり、目の前の愛しい人が考えている事を悟ったからでもあった。

「オレも手伝うよ」
「ウォルフ」
「今此処でお前を一人にしたら、どの道オレはオレを大事になんかできない」

マザーから貰った言葉に言い訳するように、ウォルフガングは言った。

「ごめん、……本当にごめんなさい」
「……最後のデートが宇宙ってのも悪くないだろ」

二人分の力は計り知れず、急速に上昇していく母船はその摩擦によって時折燃えるように揺らぎを見せ始めた。後ろに過ぎていく空の色がどんどん深い青から群青に染まっていく。

「知ってる?……大気がほとんどなくなる……100㎞辺りから先は、……もう宇宙って……呼ぶらしいよ」
「へぇ、……結構宇宙って……近いんだな」

お互いに何を言っているのか、この会話に何の意味があって今何をしているのか、それすらも朧気になっていく。何も見えなくなった視界の中、ただ少し寒いと感じ、身を寄せ合いながら母船を押し上げ続ける。

「それがあなた達の答えなのですか」

マザーの声が、二人にとって最後の音となった。







「ジェイク──────ッ!!!」

ミッキーは遥か高く上がっていった、もう、その存在さえも肉眼では確認できない母船を見上げて叫んだ。

「何で……!何で!!!」

膝から崩れ落ちて頭を抱えながら蹲るミッキーを、マイが抱き起して強く抱き締める。彼は今の状況を全く理解できていなかったが、ミッキーの焦燥っぷりと哀しみ方からジェイクに何が起きたのかを察する事だけはできた。マイが何て声を掛ければいいかと狼狽えていると、アンの膝で眠っていたリースが不意に目を覚ました。

「……ジェイク?ウォルフ……?」

リースは上空へと手を伸ばす。その先では、影一つ許さないような純白の光が、辺り一面を余すこと無く照らし出そうとしていた。












「ジェイク!」

リースは大きく体を揺らしながら目を覚ました。

「……え?」


自分はマックスの肩に頭を預け、彼の腕に抱かれて眠っていたようだ。少し身を捩って辺りを見渡せばここはいつもの自室で、いつの頃からか用意された自室には帰らずリースと共に眠るようになったマックスが、今も隣で眠りこけている。

「……全部、夢……?」

そっとマックスから体を離して上体を起こすと、近くにスマホがないか探してみた。生憎見つける事は叶わず、リースは勉強机の上には無いかとベッドから下りる。リースが離れた事で少しうずくまるマックスに彼女は微笑み、その目尻にキスを落とす。

「ずっと傍に居てくれてありがとう」

窓の外には夜明け前の白んだ群青の空が見える。リースは勉強机の上を隅々まで探し、棚も、タンスの上も確認したが自身のスマホは見当たらなかった。せめて今が何時なのかを確認しようと共用スペースへ急ぐ。

「いって!!」

自室の扉を勢いよく開いたせいで、その前に立っていたらしき人物の悲鳴が上がった。


「やだ、ごめ……ミッキー?」
「姉ちゃん!!」

額を抑えながら、それでもリースを抱き寄せてその肩を振り回したのは弟のミッキーで、突然の抱擁にリースは戸惑う。

「もう体は大丈夫?どこも痛くない?熱はない?ダルいとか、苦しいとか……。姉ちゃんの部屋マックスしか入れないの忘れてたよ……」
「ミッキー。……やっぱりアレは夢じゃなかったの?」
「夢じゃないよ」

抱き締めてから離れようとしない弟の肩を、リースはなだめるように撫でた。

「でも、それにしては何だか平和じゃない?この家も、どこも壊れてなさそうだし。……そうだ、じゃあジェイク達は!?」
「ここに居るよ」


名前を呼ばれた従兄弟は共用スペースの扉から顔を出した。

「ジェイク!」
「……とりあえず座って話そうぜ?」

ジェイクの隣から顔を出したウォルフガングは、ジェイクの髪にキスを送りながらリースとミッキーにそう提案した。ミッキーは渋々と言った表情で一度リースから体を離すと、リースの肩を抱いたまま共用スペースのダイニングテーブルへと誘導していく。
彼はリースをお誕生日席に座らせて、その肩を軽く叩いた。



「まず、起きたことは夢じゃない。俺達はエイリアンに攫われかけたし、姉ちゃんは死にかけた。宇宙船に乗ったし、マザーにはめちゃくちゃ助けられた。……というか姉ちゃんってどこまで覚えてる?」
「……宇宙船の廊下で気を失って、気付いたらマザーのツタに絡まれてたわ」
「あの時意識戻ってたのか!」
「マザーが私を助けてくれているのは何となくわかったし、その後も夢の中でマザーとたくさん話をしながら皆の様子を教えてもらってたよ」
「マザー……」
「だから、ジェイクとウォルフが母船を大気圏外に出したのも覚えてる。……あの時二人は死んだんじゃないの?少なくとも、肉体は落下中に燃えていたでしょう?」
「そうなの!?」
「グロい事言うなよ……」

ミッキーは思い思いに口を挟み合う面々に向けて「シー!」と口の前に人差し指を当てた。

「今死に方の話はどうでもいいんだよ!だって生きてるから!」
「じゃあ何で生きてるの」
「それは──」
「それはマザーが、全ての物質の記憶を復元したからよ」


扉が開く音も、靴音もしなかった。いつからそこに居たのかもわからない。
ヴィオレットは驚いて呆然とする子ども達に笑み、玄関の方からゆっくりとこちらに歩んで来る。

「エイリアン達が襲来する日の朝の状態に全てを復元したの。それがつい昨日の話。だから外に出れば街は変わらず有るし、何も壊れていない。皆エイリアンによって捕虜にされていた事も、エイリアンが来た事すら知らない」
「……でも私たちは覚えてるわ」
「それはマザーを一度体内に取り込んでいるからよ。それに"時"は戻していないから、あなたが寝ている間に世界中では侵略されていた空白の三日間の記憶を確認しようと躍起になっていた。今もそう。だから学校も暫く休校よ、良かったわね」

「リースは早くに卒業していたから関係ないわね」と笑い、ヴィオレットはミッキーの隣に座ると玄関を振り返った。

「コウを入れてやっても良いかしら。アレだけは復元して貰えなくてね、今もまだ骨格が丸見えなの。苦手だったら外で待たせるわ」
「……入ってどうぞ」

リースが頷くのと同時に、紫色を滲ませた機械仕掛けの顔面でバツが悪そうな表情をしたコウが入ってきた。

「彼が復元されていないおかげで、記録されている映像や音声は今やとても貴重な資料になっているの。マザーは良い手土産をくれたわ」
「……エイリアン達はどうなったの?」
「エイリアン達は座標だけ復元されて状態はそのままよ。つまりそこの少年たちが破壊尽くした宇宙船や小型機、エイリアン達は今や宇宙の藻屑になって漂ってるって事」
「じゃあ、……私達は、今度こそ本当に助かったんだね」

リースの問いに、全員が深く頷いた。

「マザーに御礼を言いに行かないと」
「残念ながら今は会えないわ。研究所の地下に居るのは替え玉、本体は今何処にいるのかわからない」
「そんな……」


リースがわかりやすく肩を落とすと、ミッキーは狼狽えるように視線をさ迷わせる。ジェイクはそんなミッキーを不安気に見つめ、ウォルフガングはヴィオレットに首を振った。

「さて、あなたが起きるのを待とうと思っていたけど、元気になったのが確認できたからお暇するわ。……これからも無茶はしないようにね」

マザーに会えない事を寂しがり落ち込むリースの頭を撫でながら、ヴィオレットはコウを連れて玄関へと去っていく。ウォルフガングは落ち着かない素振りで眉を顰めていたが、玄関の扉が閉まる音がした直後に立ち上がって彼らを追っていった。ミッキーはウォルフガングが動いたのにつられて、彼もまたヴィオレットを追いかける。

「……ねぇジェイク」

リースの元に残ったジェイクは、未だに俯いたままの彼女からの問いに過剰に反応して肩を竦ませた。

「何、リース姉さん……」
「ヴィオレットはいつ、マザーを取り込んだの?」

ジェイクは眼鏡の奥で深く目を瞑る。彼の性格上、上手い言い訳など思い浮かぶはずもなかったのだ。


「何で本当の事を教えてやらないんだ!」

駆けても間に合わないと悟ったウォルフガングが叫ぶ。
シェアハウスの前に停められたランボルギーニの扉をコウが開き、今まさにヴィオレットが乗り込もうとしている所だった。

「何て言うの?あたしがマザーを食べましたって?」
「それは……」
「食べたからと言ってマザーの意識は根の数だけあるはずよ、あたしの中に居るのが本体とは限らない。世界中の理を捻じ曲げてまでこの星に在る全てを平等に救おうとしたのだから、流石の原始生命体だって力が枯渇するでしょう。このチャンスをモノにしないでどうするの。生命力が戻るまであたしの体内で飼ったって罰は当たらないはずよ。コウを借した見返りとして丁度いいわ。……マザーがいつかあたしを食い破って出てくるのか、あたしと融合して遊ぶのか、はたまたコウの様に乗っ取ってしまうのかは彼女次第だわ。今だって思いの外あたしを揺りかごにして楽しんでいる」

コウが扉を閉めると、静かに窓が下がってヴィオレットの微笑みが顔を出した。

「存外友達思いなのね、いけない子」

その呼び方に覚えがあったウォルフガングは表現しようのない怒りで瞬時に顔に熱を溜めた。そのままお得意の暴言を飛ばそうとしたが、追い付いてきたミッキーに回り込まれて肩を抑えられる。

「相手はギャングのボスだぞ!」

ウォルフガングは両手の拳を握り締めながらミッキーと去りゆくランボルギーニの間で視線を往復させて舌打ちした。

「……ウォルフガング、欲しいわね」
「トイフリッシュと相性は最悪ですが」
「孤高の存在は基本的に誰とでも最悪なものよ」

静かな車内で自身の腹部を撫でながら、それに、とヴィオレットは笑む。

「マザーがあの子を気に入ってる」



ジェイクからマザーについて事のあらましを聞いたリースは、ダイニングテーブルに両肘をついて両手で顔を覆うと深く息を吐いた。

「……正気じゃないわ……」

ジェイクは肯定も否定もせず、リースの反応を見つめ続けている。彼女はもう一度、今度は短く息を吐くと、顔を上げてジェイクに苦笑してみせた。

「……マザーが皆を平等に救おうと思ったのは、きっとジェイクのせいね」
「え」
「悪い意味じゃなくて。……理由はどうあれ、自分の命よりも大多数のシムの命を優先したからよ」
「……でもそのせいでマザーは」
「同じでしょ。ジェイクはマザーから力をもらったから母船での事故が起きて、ジェイクは一度死んだ。……色んな事柄は繋がっていて、繰り返すのよ。どこかに必ず落とし穴がある。そういうもの」

リースは微笑む。

「でもマザーもジェイクも、自分の意思でその選択をしてる。ジェイクも、母船を押し上げようとした選択を後悔はしていないでしょ?」
「もちろんしないよ」
「マザーもきっと、後悔してないと思うよ」

ジェイクは自身の指を合わせたり回したりしながら、まだ納得していないような顔で困ったようにはにかむ。リースはそんな彼をいとおしく思った。


「オレ、学校が休みの間に一旦家に帰るわ。たまにはルーカスとも遊んでやらないとな」
「姉ちゃんも帰ってきたらー?親父が会いたがってるよ。こないだ"電話したら明日行くね!って言ってたのに来なかった!"って泣いてたし」
「パパが父さん以外の事で泣くわけないでしょ」

外から戻ってきた二人が実家帰りを口にすると、リースは席を立ってミッキーと向かい合った。

「でも、そうだね。私も会いたいや」
「ね!じゃあ俺外で親父に電話してくるわ」
「そんな直ぐには此処を出ないよ?マックスが起きるまで待つもん」
「起こせよ!!」

ミッキーは姉の彼氏愛にツッコミながら、また外へとトンボ帰りする。


「……ウォルフ、あのさ」
「ん?」

リースが扉の脇のコーヒーテーブル上に自身のスマホを見つけて歓喜する声をBGMに、ジェイクは少し躊躇いながらウォルフガングに声を掛ける。掛けられたウォルフガングはジェイクが何かを迷っているのを察して、テーブルの角に腰を預けながら顔を覗き見るように次の言葉を促した。

「……僕も君ん家、行ってみたい」

唐突な可愛い恋人の願いに面食らう。
ウォルフガングは別段家族を嫌っていたわけではないが、思い返せば今まで自分から家族の話題を出した事はなかった。父親の顔は覚えていないし、母親のミラも大分前に亡くなった。大人のくせに家から出て独立しようとしなかったツケで、今や二人の弟を養う羽目になった兄のガンターと、遊びたい盛りの弟ルーカス。
対するジェイクは両親との関係が非常に良好で、ウォルフガング自身も母親のリアとは友人である事から、彼の家族の事を話し合ったり、彼らの家には今までも何度か足を運んでいた。
しかし当然ながらその逆はなかったのだ。

「……オレの家、別に見所とかないけど」
「前にお兄さんと弟くんが居ることを教えてくれたよね?会ってみたいなって、ずっと思ってたんだ。ウォルフは僕の父さんと母さんとも仲良くしてくれるし、……僕も、お世話になってますって挨拶したい」
「そんな、……畏まる事でもないだろ」
「考えたんだ。もう二度と、僕の失敗で君を失うような、君の家族に申し訳が立たないような事、起こさないって……」
「ジェイク」
「そうでなくても僕は、君にたくさん大事にしてもらっているから。君が君自身を大事にできるように、……僕からも、ウォルフを大事にしてるって示したい」

ウォルフガングの手を取りながら、ジェイクは立ち上がって彼の目を見つめる。目元の表情を打ち消してしまうアイシャドウに囲まれたウォルフガングの丸い目が、少し揺らいで、細まった。

「クソ真面目かよ」
「あいた」

ウォルフガングからデコピンを受けて、ジェイクは咄嗟に目を瞑った。そうして無防備になったベビーフェイスの唇を、ウォルフガングはいつだって何よりも可愛いと思っている。ジェイクが次に目を開けた時には眼前に恋人が迫っており、呆気に取られて目を瞬かせる愛らしさにウォルフガングは堪らなく笑んだ。何か言われる前にその口を塞ぎ、浅く、しかし絶妙に膨らんだ形を確かめるように食んで離れる。


「先にお前ん家に寄ってからな」
「……そういう不意に優しいところ、ずるいと思うよ」
「生意気だな」

くつくつと肩を揺らして笑った後、お互いに微笑んでまたキスをする。
今はもう暫く、二人で居たい。





「あ、もしもし親父?……おはよう親父!そう言えばめっちゃ今早朝だったね!」

ミッキーはシェアハウス前の歩道をウロウロと歩きながら、リースへ宣言した通り父親のアンへと電話を掛けていた。

「もうちょっとしたらさ、姉ちゃん連れて帰るから!ほら、姉ちゃんまだリフォーム?した実家に帰ってきた事なかったじゃん?何かケーキでも作っといてよ。親父のケーキ俺好きだし」

リースの帰宅予定の報告を入れつつ、自分の要望を通していくミッキー。父親のリアクションが楽しいのか、からかい混じりに話題を弾ませていく。そこへ、一人の通行人が歩きスマホをしながら歩いてくる。


「いやてかさ、そろそろ当たったお金にも手を付けるべきだと思うんだよね。姉ちゃんも高校卒業したし、就職するって言ってたし、……どっかまた引っ越すなら俺も着いてこーかなって思うわけ!そう。新築で姉ちゃんに可愛い家を」

ミッキーの足先に、前を見ていなかった通行人が躓いた。

「っと、ごめん!大丈夫?」
「……ああ、びっくりした」


通行人の横転しかけた背へと咄嗟に腕を回して支えたミッキーは、そのシムの美青年さに瞬時に心を奪われた。抱き起こすように姿勢を戻してからも、その腕を離せない。

「凄い反射神経だね、ダーリン」
「……君も、凄く可愛いね」
「あは、よく言われるよ。ありがとう」

美青年はミッキーの腕からそっと手を離すと、少年の端正な頬を優しく撫でた。

「君も良い顔だね、ダーリン。もう少し大きくなったら一緒に遊びたいな」
「大歓迎だよ!俺はミッキー。ミッキー・テラコッタ。君は?」
「僕は……」

美青年は妖艶に微笑む。


「僕はボニー・メイ」













サンマイシューノ、スパイアーアパートメントの最上階。アーチー・エヴァンズはその自室のベランダで自身の防護服を燃やしていた。最も"燃やしている"とは便宜上の表現で、その服は火の上に被せられたまま炎は一切の繊維を熱する事が叶わず、横に広がって逃げ場を無くしていた。さながら脱ぎ捨てた衣類型の鉄板であるかのようだ。

「……盲点だった。高性能である事を当然だと思って疑わなかったが、まさか過大評価だったとはな」

アーチーは燃えない防護服を暫く眺めていたが、不意に赤い果実を取り出すとそれを握りしめてから炎の中へと投げ入れた。
その瞬間、防護服は蛍光色の赤い光に包まれて、幾つものツタが宙を上がってさ迷った。徐々に一本の太い幹へと変化していく植物は、その先に見覚えのある蕾を作り始めていく。

「……いつからだ。まさかこの服を作った技術者はお前の感染者だったのか?最初からお前の繊維が組み込まれていたのか?」


ビルの間を吹き抜ける風の中、サンマイシューノの最上階に縮小されたマザーの分身が形作られた。
アーチーは一つのスマホを取り出すと、それを花の前に掲げてみせる。すると小さなマザーは唸りながらそのスマホをツタで絡め取って自身の元へと引き寄せた。

「俺はお前を取り込んでいないにも関わらず記憶が残ったままだった。意図的に俺だけ復元されずに記憶を残されたのかとも思ったが、マイとリンが物凄い剣幕で"息子達が宇宙人に襲われる変な夢を見た"と連絡してきた。しかもその記憶はあの双子が知り得ないはずの情報ばかりだ。考えられるのはお前があの一連の出来事を双子に共有したという可能性だが、お前とあの二人に根深い接点があったとは思えない。だから俺達の共通点を辿った、それがこの"パーティー服"だ。……俺の推理は当たっているか?」
「……はい、概ね正解です」


マザーの分身はスマホに内蔵されているバーチャルアシスタントを乗っ取ったようだ。

「……何故あの二人に共有した」
「親に我が子の活躍を教えるのに理由が必要ですか?」
「……」

嫌味になるほど最もらしいマザーの答えに、アーチーは音もなく呻く。

「どうせ本当は生命力も尽きていないんだろう。どこまでも回りくどいやり方で、お前は俺達を弄んでいるだけだ。いいご身分だな」
「心外です」

マザーの分身は咆哮し、スマホは抗議するようにバイブレーションする。

「私が全てを復元したのは、リースがそう願ったからです。あの子の願いをまだ叶えていませんでしたから」
「……侵略される前に戻りたいってか?」
「いいえ。私を倒さなければ良かったと、そう嘆いたので。その哀しみに寄り添い、そう願った理由を分析したのです。エイリアン達の侵略さえなければ良いのですから、エイリアン達以外を復元すれば大体願い通りです」
「記憶が消えた者達が混乱するとは思わなかったのか」
「何故私がその者達に配慮する必要があるのです?」

アーチーは「やはりな」と内心で腑に落ちる。超自然的な存在であるマザーは根本的にシム達とは感覚が異なる。彼女にとってシムは愛らしい虫なだけで、大多数のシムに何があっても基本的には痛める心を持ちはしない。たまたまリース達が自身を倒した事でその視界に入り気に入られ、対話に転じる事ができたおかげで身近な存在のように思えたが、本来は「神」と同意義の超自然災害なのだ。話のわかる相手ではない。

「異星の神ってのは慈悲深いんだな。……御足労感謝する、これは呼び出したせめてもの詫びだ」

アーチーはそう言って笑うと小瓶を一つ取り出した。
そしておもむろにマザーの花弁を鷲掴んで小瓶の中身を迷いなく子房へと注ぎ込んだ。それは対マザー用の感染対策ワクチンで、もちろん分身は堪らずに苦しみ悶え始める。スマホはツタによって押し潰されて粉くずとなり、無惨にも足元のタイルに落ちていく。

「お前の好きな"ドリンク"だろ?これを飲むと寝ちまうんだからな!」


一際大きく身体をしならせて咆哮したマザーに、アーチーは目を細めて意地悪く笑んでいた。そうして見る見るうちに萎びて枯れていく分身を払い除け、アーチーは元に戻った防護服を持ち上げた。一、二回それを大きく振って一切のゴミを地に落とすと、彼はいつものように着込んでみせる。

「この世界は俺達のものだ。……せいぜいこれからも利用してやるさ、マザー」
















fin.
















拙い長文をお読みくださりありがとうございました!!!
お借りしたposeの紹介等はまた次の記事にまとめようと思います!
一旦!これにて!

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