敵の敵は敵だ!Part.3 (前編)

※このシリーズは前回の悪人プレイから世界を引き継いでいます。
※この記事は悪人プレイ本編に直接的には関わってこない、ギャングワイフの短編小説です。
※ストレンジャービルのネタバレを含みます。
※ギャラリーからお招きした他シムラー様のシムさんとの交流が含まれます。
※デフォルトシム(ウォルフガング、マックス、ジャック)の設定捏造、恋愛等様々な交流があります。固定CPがある方、ガチ恋の方など、該当デフォシムに思い入れがある方はご注意ください。何が起きても責任はとれません。





とても長くなってしまったので前編後編に分けました。
全文合わせると4万7千字です。
お時間がある時、メンタルが元気な時にお読みください。







───────










ストレンジャービルの謎は解けた。

はるか昔、この地の端に落ちた隕石は、巨大な植物型の生命体を連れていた。
大きなクレーターの中でその生命体マザープラントは、軍によって幾らか研究がなされていた。
しかしその繁殖力と生命力、何よりシムの脳を侵してしまう支配力、もとい感染力が強く、軍は彼女の管理を続ける事が叶わなかった。
その後の軍にできたことと言えば、マザープラントへの形だけの監視と、起きている事案の隠蔽工作、街の人々に渡りゆく情報の統率だけだった。

マザープラントの発するエネルギーは有用性が高く、そのおかげで発展した技術もあった。そうした甘い汁だけを啜るシム達のおかげで、マザープラントは長らくその生態を保ち続けることができていた。
だからこそ彼女も、誰も彼もが夢にも思わなかったはずだ。
これまでストレンジャービルを支配していたマザープラントを、勇敢な十代の子ども達が倒してしまう事になるとは。

全てのシムがマザーの支配下に堕ちればストレンジャービルは幸せだっただろうか?
マザープラントを倒した事で、街の人々が漠然と感じていた恐怖からは救えたはずだが、エネルギーの供給や地球外生命体に関する情報、そこから得られる新たな知識はこれで潰えた事になる。
幸い軍人達はリース達の功績に良くも悪くも何も言わなかった。街中の感染者達が正常に戻り、謎の植物も消え失せた環境に対して異を唱えることはできなかったようだ。
リース達がマザープラントに立ち向かう為に関わったシム達だけは、まだうら若い彼等を英雄として認識してくれた。
もちろんリースも見返りが欲しくてストレンジャービルを探究した訳ではない。
それでも感謝される事は嬉しいものだった。




それから暫くしたある日。
リースは早期卒業した高校から久方ぶりに呼び出された。どうも校長が元々ストレンジャービルの出身だったようだ。彼の親族が昔からの感染者であったこと、今回の件でそれが治り感謝していること。この学校の卒業生として、英雄として名乗りを上げ、正式に表彰したいという説明を受けていた。


「君は確かに優秀な生徒だったが、まさか英雄の器でもあったとは。普段つるんでいる曲者達も上手くまとめ上げるわけだな」
「褒め言葉ですか?嫌味ですか?」
「本当に豪胆な事だな!もちろん褒めているよ」
「それは光栄です」

感謝している、と校長から抱擁を送られてリースは素直にはにかむ。
不意に厳格な静けさを持つ校長室の外から、微かに昼の校内放送の音声が入ってきた。今日はキャリアデーだったようだ。帰る前に講堂に寄る必要があるな、とリースは内心で独り言ちる。

「姉ちゃん!!」

その静けさを、食い破る声が響いた。

「あ、校長先生失礼します、すみません親から臨時の連絡が入って」

校長室へと駆け込んできたのはミッキーの愛称で親しまれるリースの弟だった。普段の人懐っこさからは考えられない様な険しい顔付きで、ミッキーはリースに怒鳴るようにして頭を抱えた。


「親父が!連れてかれたって!!……ボ、…上司のシムも、……姉ちゃん何か知ってる!?」
「し、知るわけない!そんな、急にどうして……」

ミッキーは絶句する校長を余所に戸惑う姉の手を引いて校内の食堂に移動した。その壁に設置されたテレビのニュースでは、今まさにギャングワイフのボス、アーチー・エヴァンズと思われるシムが、刑事二人に抱えられて引きずられていく様子が映し出されていた。

「そんな……」


腕から見えたタトゥーと印象的なマスクは間違いなくアーチーのものだった。しかし報道陣は、この映像は通りがかりのシムが撮った非公式なものであり、刑事課が一切の情報を公表せず、その上遮断しているのだと説明し、この強制連行されているシムが何者かはわからないと伝えている。このニュースが伝えんとするところはむしろ捕らえられた者の事よりも、この刑事達が独断で動いており、警察当局内で分断が起きているのではないか、という話だった。

「さっき父さんから電話が来て……、親父が無理やり急に連れてかれて、それに抵抗した父さんも家の外から見張られてるって言ってた。……俺達の所にも来るのかな?」
「……何かの間違いよ」

もちろんリースは父親であるアンがギャングワイフである事は重々理解している。しかし彼らはその道のプロで逮捕されるようなミスは犯さない。報道が伝えている通り、何か事が強引に運ばれているに違いない。
しかし何故。
リースはおもむろに出入口の方へ歩き出しながらスマホを取りだした。掛ける相手はヴィオレット。

「姉ちゃん無駄だよ、さっきから電波が変なんだ。父さんとの通話もそれで切れちゃって……」
「……」

ミッキーの声に眉を顰めながらそれでもヴィオレットへと通話を開始してみるリース。しかしワンコールもしないうちに、電源が切れている、もしくは電波が届かない場所に居るというシステムからのボイスメッセージに切り替わってしまった。

「姉ちゃんどこ行くの」
「講堂!マックス達にも伝えないと……」

足速に、むしろ駆け足になりそうな速度で校庭を横切って行くリース。冷静でいようと、努めようとすればするほど内心では戸惑いが燻って唸り声を上げる。
一体何が起きているというのか。

「ミッキー、ジェイクは?」
「ジェイク?アイツ今日は課外活動だって言ってたから今頃はもう帰って家に居ると思うよ」
「そう……」

リン叔父さんは大丈夫だろうか。
あの人は自信満々な時と抜けてる時の二極の差が激しいから、リアお姉ちゃんやジェイクの前で容易に捕らえられでもしていたら、二人には堪らないだろう。
そんな心配をする事で、リースは必死に脳内を占めていく不安から逃げる。
とにかく今は同じくギャングワイフの両親を持つ、マックスとマルコムの顔を見て現状を整理しなければと歩み続けた。
リースは講堂前の歩道の段差を上がって、不意に空を見上げた。講堂の扉に反射した空に、何かが見えた気がしたのだ。その時、辺りが異様に暗くなっている事にも気が付く。


「……何あれ」

今し方出てきた学校の上空に、大きな飛行船のようなものが浮いていた。飛行船にしてはあまりにも機械的な見た目をしたソレは、一瞬で"見た事がないもの"として知覚できた。

「え、ヤバ」

ミッキーが流れるようにその船を撮ろうとした瞬間だった。
どこから発せられているのか、耳をつんざく程非常に高音なサイレンが鳴り響いた。それは黒板に爪を立てた時の音に類似しており、二人の子どもには耳への痛みと同時に不快感と嫌悪感をもたらした。

「な、んだよコレ……!」
「耳を塞いでるのに!音が弱まらない!!」

思わず音をかき消そうと声が大きくなるが、それは全く意味を持たなかった。直ぐに講堂の扉が開いて中から生徒達が走り出てきた。彼らも同様に耳を抑えて悶絶している。

「何の音だ!?どこから!?」
「わからない!でも上に何かある!!」


マックスとウォルフガングも講堂から出て来てリースの指さす上空へと視線を向けた。
異様な飛行船はゆっくりと校舎の上で旋回し続けている。

「何だよアレ!!」
「わからない!!」

その時、講堂内から大きく悲鳴が上がったかと思えば、次には扉が乱暴に開け放たれた。そしてその原因である職業説明の担当者シムは、あろう事かリースにぶつかりながら走り去っていく。弾き飛ばされたリースは擦り切れた脚を抱えながら、その異常さに絶句した。

「どうして……!!」

何せそのシムの走り方はマザーの感染者とまるで同じだったからだ。首は後ろに曲がり、手足の骨はマリオネットのように動き、しかし規則性のない行動を見せる。
彼一人だけではない。順に大人のシムがそうなっているのだと理解した。何せ彼らは皆一様に飛行船の下へと集まっていたからだ。隣の校舎からも教諭達が揃って出てきているのが見える。


「リース……、何だかおかしい」
「わかってる!」
「違うリース、声が」

マックスがリースを抱き起こしながら、呻いて震える。

「頭の中で声がする。何を言ってるのかわからないのに、どこかに無性に、行きた、ク」
「マックス!?しっかりしてマックス!!」
「姉ちゃん!何かみんな変だよ!!」

むしろ正気を保っているのはリースとミッキー、そしてウォルフガングだけだった。周囲の学生達も順番に呻きながら、まるで上空から操られているかのように飛行船の下へと動き始めているのだ。
三人が反応していない理由に思い当たる節があるとすれば、マザーを倒した時のワクチンがまだ効いているからなのだろうか。リースはマックスの肩を抑えながら歩んで行こうとするその体を引き止める。

「何が起きてるの!!どうしたら───」

不意にリースは鞄を見下ろした。
試作ワクチンを感染者に掛けた時、失敗だったものの一時的に動きを止められたことを思い出したのだ。
そうあれは、眠っていた。それなら。

「リース!何するんだ!」
「ごめんウォルフ、マックスを押さえてて!これ以外思い付かなくて!」

マックスをウォルフガングに押し付けて、リースは鞄からシムレイを取り出した。以前ヴィオレットの部下がくれたこのシムレイには、眠らせる効果が追加されている。戸惑うウォルフガングとミッキーを他所に、リースはマックスに催眠光線を放った。
当然彼は瞬時に眠りに落ちた為、そのまま地べたに倒れ掛けるのをウォルフガングが抱えて回避する。しかしウォルフガングはマックスを抱えたままその場に腰を下ろすと、まるで寝落ちたマックスを重しにするように自身に被せた。

「ウォルフ?」
「オレ、にも……、してくれ、……何か、ダメみたいだ」
「え?」
「姉ちゃん!!体が勝手に動く!!」

ミッキーの焦った声に振り返れば、彼は講堂の壁にしがみつきながら自分の脚の動きに逆らおうとしていた。

「そんな!」
「姉ちゃん!!嫌だ俺行きたくない!!行きたくないのに行キたイ!」
「ああ、ああ!!」

わカる。
私モ行きたイ。

「違う!!!」

リースは乗っ取られる思考に歯を食いしばりながら耐えた。ミッキーに催眠光線を放ち、弟が眠りこけて倒れる姿を目にした後、今度は自身の身体が渇望する不気味な欲求に葛藤しながらウォルフガングへと向き直った。彼はマックスの体重のおかげかずり這う事しかできず、あまり前進していなかった。その体に催眠光線を放った直後、リースの手はシムレイを手放してしまう。

「眠らナきャ……行ヵなキャ……」

もう目の焦点も合わない。
それでも脳では最後まで抵抗しようとしているのだろう、リースは膝をつくと盲目者のように手探りでシムレイを探し、見事にそれを掴んだ瞬間、迷わず銃口を自身へと向けた。
機能を選ぶ事はできなかった。


彼女はその場で氷漬けになり、指の一本も動かせなくなった。



飛行船、もとい宇宙船は集まってきたシム達を全員船内にテレポートさせた。捕虜を確保した宇宙船はその場で方向転換すると、校舎に一つ爆弾を落として去っていく。一瞬にしてコンクリートの残骸と化した学校は爆発の余波で焼き尽くされるしかなかった。



















時刻は少し遡る。


「まさかエヴァンズが捕まるとは思うまい!!」

ジャックは大きく腕を広げて振りながら、その衝撃を伝えようとしていた。
彼は自宅のリビングに座っており、同僚でもありライバルでもあるヴィオレットとその部下を前に話をしている所だった。

「……元締めが捕まっちゃった今、あたし達はどうするべきかしら」

ヴィオレットはジャックの話に乗っているようで、実は視線は全くの上の空で、後ろの部下すら気に止めずに独りごちる。ギャングワイフの傘下に入っているジャックとヴィオレットのギャンググループは、アーチーの元に居たから繋がっていたのだ。そのアーチーが地下牢のある警察署に連行されたとなると、彼が解放されるのを待つのか、解放せよと抗議しに行くのか、今の内に抜けてしまって自由になるのかと様々な選択肢が出てくるのだ。

「妙だろう、何故俺達は捕まらんのだ」
「エヴァンズの部下はほとんど捕まったのに、あたし達の事は一切見えてないみたい。何だか癪ね」


会話をしているように聞こえるが、それぞれ同じ話題を話しているだけで全て独り言である。ヴィオレットに付き添ってきた科学者、ブレットは、その異様な光景に視線が両者の間を何度も行き来する。熱心なヴィオレット信者であるコウは気持ちジャックへと体を向けてはいるものの、前髪で隠れた視線は永遠にヴィオレットへと向けられていた。残る一人の部下、トイフリッシュは、暖炉の上に取り付けられているテレビのニュースを流し見している。

「ボス」

その彼が、静かに口を開いた。

「エヴァンズ燃えてるぞ」

流石にこの言葉には両組織のボスも顔を上げてテレビを凝視する他無かった。警察署を上空から撮影していたテレビ局のドローンカメラが、確かに燃え盛る警察署を映し出していたのだ。
これに各々がリアクションを取ろうとした瞬間、ブツリと音を立てて全ての電力が落ちる音がした。

「やだ、停電?」

窓から差し込む明かりのみになったリビングで、ジャックとヴィオレットを除く三人はその場で身を屈めて耳を抑えた。


「何だこれは……!」
「モスキートとは、また、違いますね!」

ヴィオレットとジャックは悶絶する三人を心底不審げに見つめ、何が起きているのか理解できないと言った顔をした。

「ッ、ボスには、聞こえませんか……!」
「何が?」

コウはヴィオレットから送られる「気でも狂ったの?」という表情に歓喜の笑みを浮かべる。しかしそのこめかみからは冷や汗が垂れてきていた。

「ちょっと呻くの煩いから静かにしてくれるかしら?」

ヴィオレットは真顔でそう言うとシムレイを取り出し、間髪入れずに連続して催眠光線を撃ち放った。

「ほう!それは連射可能なのか!」
「良いでしょう。彼の技術で改良したのよ」

彼の、と指さされたブレットは、強制的に意識を失って今まさに顔面から床へと落ちていく所だった。

「それにしてもさっきの映像、爆撃されたのかしら、それとも爆発したのかしら」
「エヴァンズは生きとると思うかね?」
「……爆発如きでは、死なないと思うわ」
「同感だ」

炎の話題が出たせいで暖炉の薪を見ていたヴィオレットは、ふと明かりの消えたリビングが暗いことに気が付いた。

「……今って何時だったかしら?」
「13時くらいだが」
「外が暗すぎると思わない?」

曇り空にしては遠くの空が青い。
ヴィオレットは窓の外を眺めて不可解な曲線が空に描かれて居ることに気がついた。何かが陽の光を遮断しているようだ。

「……コイツはたまげたな」


玄関から見上げても、殺風景な広い庭から見上げても空模様は変わらなかった。何せ一面に無機質で機械的な側面が広がっていたからだ。大きな円形の飛行物体が彼らの頭上に浮かんでいるのだ。その底面しか、見えないのだ。

「エイリアン……なのかしら?」

他に不可思議な事が無いかと辺りを見渡していると、飛行船サイズの宇宙船が後方のビョルグソン家の上空に停まっている事に気が付いた。その船は暫くそこで旋回した後、爆弾を一つ無情にも彼らの家へと落として此方へ方向転換し始める。

「……まずいわ!」

ヴィオレットは急いでリビングへ戻ると、床に寝転がっていたコウの頭を小突いて起こしにかかる。

「起きなさい、コウ」

何度か額を小突かれたコウは、細い目を開いてヴィオレットを仰いだ。

「……ボス」
「起きたわね。急いでトイとブレットを持ってきて」
「……どちらに?」
「地下よ」

ジャックも慌てて玄関に飛び込んで来た。
家の真上を何か大きくて重たいモノが横切って行くのが室内からでも手に取るようにわかった。その前進に合わせて地鳴りが響いて来るからだ。
ヴィオレットはジャックが一目散に地下へと下りていくその背に続き、コウはよろめきながらも二人の男を肩に担いだり脇に抱えたりしながらボスの下りて行った階段を目指した。コウが階段を下りる途中、その頭上をシャッターが掠めて入口を塞ぐと、その直後にけたたましい爆発音が鳴り響き地下室全体が大きく揺れた。コウは二人を放るように床に下ろすと、折りたたみ傘を開いてヴィオレットの真上にそれを掲げる。振動で天井から土埃が微かに落ちてきていたのだ。

「……部下の教育が行き届き過ぎじゃないか?」

ジャックは爆発の振動で揺さぶられながら、褒め言葉とは裏腹に冷めきった目で二人を眺める。

「生憎あたしは何もしてないのよ」

そう言うヴィオレットは非常に得意げな顔をしていた。











どのくらい時間が経っただろうか。
ビジャレアル家の地下室の予備電力は尽きる間際だった。その頃にはトイフリッシュもブレットも目が覚めており、トイフリッシュはバーカウンターでくつろぎ、ブレットはシャッターをこじ開けられないかと様子を見ていた。
爆発と火災を回避できた事は良かったが、地下室と地上を隔てるシャッターが動かなくなってしまったのだ。瓦礫が乗ってしまっているのか、開閉回路が壊れてしまっているのかは定かではないが、実質閉じ込められた状態である。
そんな閉鎖空間に、突如男の声が降り注いだ。

『そこに誰か居るか?』

その声はどこか機械的で、酷くノイズ混じりであり、電波の調子が悪そうなラジオ音声だった。それもそのはず、聞こえてきたのは部屋の天井際に取り付けられていたスピーカーからだったのだ。

『居るなら何でもいい、電子機器をスピーカーに近付けろ。ノイズの揺れで判断する』

ヴィオレットはブレットを振り返った。科学者もまた理解したようにシャッターから離れると、階段を下りるついでにシムレイを取り出してスピーカーへと近付ける。

「まさかエヴァンズか?」


トイフリッシュは眉を顰めながらスピーカーを見上げて首を摩った。彼の脳裏には爆破されて燃え上がる警察署の映像が過ぎり、その後ボス二名が見たという宇宙船と現在の状況から察するに、彼があの場所から生還してこちらの安否を確認できるとは到底思えなかったのだ。

「甘いわね、トイ」

ヴィオレットは微笑む。

「どうしてあたしやジャックが彼の下で大人しくしていると思っていたの?反骨的なのは大歓迎だけれど、大ボスへの敬意は多少持っておいて損は無いわ」

スピーカーからは「何人か居そうだ」という呟きと、嬉しげな複数人の声が漏れてきていた。ジャックの片眉と口角が心無しか上がる。トイフリッシュは反対に何かを察して至極うんざりした顔をする。

『瓦礫を退ける為に一撃放つ。衝撃に備えろ』

備えろと言った割に彼らがしゃがみ込む間も与えず、地下室は再び大きな振動に襲われた。衝撃の際にシャッターが見事に歪んで砕けたようで、その破片が階段に滑り落ちてくる。

「一体何を打ち込んだっていうんだ?」

ブレットは衝撃の波が通常と違う事に一人だけ気付いており、訝しげに破片を見つめて唸る。そうしている間にも階段の真上からは目に痛い程の光が差し込まれ始めた。


「生きてるか」

その光を背に、ラマ頭のマスクを被った海賊の様な風貌の男が、階下の部下達に声を掛けた。

「……どうしてあたし達がここに居るとわかったの?」
「生体反応を辿った迄だ。俺の傘下に入ったボスにはチップを入れてるんでな」

アーチーはすっかり埃に満ちた部屋に下り立つと、ジャックからの抱擁を受けながらそう宣った。

「さあ早く上がれ、そして乗れ。質問は中で聞く」

アーチーが踵を返して地上へと戻る背に彼らは黙って着いていくしかない。
外は街灯の灯りさえ消えた夜の闇に包まれているというのに、頭上から容赦なく降り注ぐ昼白色の光が体内時計を狂わせる。しかし何より驚愕なのは、その昼白色を照らし出している本体だろう。

「……勘弁してくれよ」

トイフリッシュはソレを見上げて思わす立ち止まった。

「質問なら中でいくらでも聞くぞ」


ソレは戦闘機というにはあまりにも前衛的なデザインであり、騒音の如きエンジン音もしなければ動力源と思われるパワーマテリアルも未知の光を放っている。隣で同じく立ち止まっていたブレットはその規格外な航空機に興奮を抑えられなかった。しかし何かを口にする前に、内部へ通ずる階段の上からヴィオレットが声を掛けた。

「置いてかれたいのかしら?」

彼女はその手で昇降装置に触れた様で、階段がゆっくりと地面から離れようとする。部下二名は急いでその上に乗ると収納され行く階段と共に内部へと転がり込んだ。


「親父が生きてるとは思わなかったぜ」
「こんな時でも減らず口か!」

ジャックは憎たらしい息子の肩を固く抱き締めて笑った。マックスは意地悪く笑んでいるが、ジャックが階段を上がってきたその姿を捉えるや否や、抱きつきに走ってきたのだ。この船にはマックス以外にも少し遠巻きにして見守っている少年少女の姿があった。リースを始めとするテラコッタ家の長男二人と、ウォルフガングだ。
カッパーデール高校を突如襲った衝撃的な宇宙船の襲撃の後、彼らはアーチーによって保護されていたのだ。

宇宙船の内部は非常にシンプルで、機械的な構造はほぼ剥き出しになっていた。しかし住居に必要な部屋はそれぞれに揃っており充実している。トイフリッシュはその壁を手の甲で叩いてみたり、各部屋を歩いて周りながら大きな疑問を一つ抱え始める。

「外から見た船の大きさと中の広さが合わないだろ?」
「ガキから教えは請わねぇよ」


トイフリッシュの後ろを付いて歩いていたミッキーは何故か得意げに笑んでいたが、トイフリッシュが険しい顔で振り返りそのまま腕を振りかぶると、突然の敵意にミッキーは思わず仰け反って後ろを歩いていたブレットに倒れ込んだ。トイフリッシュは怯えた少年には目もくれず、一人船内探索へと戻って行く。

「彼は子ども嫌いなんだ、故意に関わるのは控えたまへ」
「……わ、わかった」
「それで?どうしてこの中はこんなに広いんだい?大方、階段を上がった先から別次元の空間になっていると踏むが……」
「そんなに難しくないよ。ここは別の宇宙船の中なんだ」
「つまり、僕らはあの階段を上がった時、同時に転移したのか?」
「階段の開閉そのものがポータルなんだよ。ドビラを開けたら別世界!みたいなイメージ?」

ブレットは額に皺を寄せながらその機能性とスマートさに感服する。そしてしみじみとこれは異星人の船なのだと理解した。

『小型機パトロールモードに戻したし、俺も誰が乗ったのか見たいんだけど。って事で全員一旦二階のバーに集まれ~』

近くのスピーカーから全船室に向けて気の抜けた男の声が鳴り響いた。突然の音声にブレットが面食らっていると、ミッキーが「バーはこっち」と先導して歩み始める。

「ローガンさんだよ。俺達、もちろんボスも、彼に助けられたんだ」

それからミッキーはブレットを見返して「しまった」という顔をした。

「ごめん!俺自己紹介してなかったよね!俺は」
「マイク・テラコッタだろう?君のお姉さんやお父さんとは少し縁があってね、存じているよ」
「あ、そう?良かったらミッキーって呼んで。そっちの方が気に入ってるんだ」

マイクなんて怒られる時くらいしか呼ばれないよ、とミッキーは肩を竦める。

皆、船内放送の通り、二階のコックピット手前に設けられたコミュニティルームに集まっていた。ヴィオレットは既にそこで寛いでいたようで、コウが入れたリッジポートのグラスを片手に集まる人員を眺めていた。


「厳ついのばっか!」

その中で一際元気が有り余っている声を発したのが、先刻の声の主でもあるローガンだった。彼がそれぞれを指さしながら何人居るか数えようとしていると、ジャックが一歩前に出て神妙な表情で口を開いた。

「まずは御礼を言わせてくれ。エヴァンズから聞いた、君がこの船をどうしたのかはわからんが、これで子どもたちを助けてくれたそうだな」
「別に?5、6……俺はただコイツに乗りたかっただけだし、7…子どもと遊ぶのは8楽しいし、隠れんぼ9…してるなら見つけなきゃ10……だろ?」

トイフリッシュとブレットは視線だけを合わせて双方に言いたい事を確認し合った。彼らの視線は交わった後、同時に己のボスへと向かっていく。ヴィオレットはローガンの答えに至極「わかる」という顔をしており、彼らは瞬時にローガンの持つ特質の一つを理解した。


「11?何か足りない気がするな」
「自分を忘れてるわ」
「12人ならサッカーやっても余るぞ!一人監督だな」
「……そんな事より!」

正気でないシムたちがほのぼのとする中、一人、ずっと頭を抱えて俯いていたシムがいた。リースだ。

「そんな事より……、これからどうするの……?」

混乱を窮めたあの場から大人の元に保護された事は良かったものの、全体的に見れば絶望的な状況下である事に変わりはない。その緊迫感と親しい友を二人拉致されたショックに精神面が影響を受けている上、リースはシムレイで凍りついたせいで体温がまだ戻りきっていなかった。故に船内に入ってからはベッドに籠っている事が殆どであり、立ち歩いてもマックスに抱き締められながら暖を取っていた。余裕のない彼女には全く支離滅裂な朗らかな空気など耐えられない。

「リースの答えを出す前に、一度この状況を整理しよう。お前達にも話していない事がある。……好きに寛いで良いから聞いてくれ」

アーチーは一息つくと、思い思いに姿勢を崩す乗組員達を見回した。










事の初めはあらゆる報道がなされた通り、何の脈略もなく唐突に、アーチーが拘束された所からだ。アートセンター周辺をジョギングしていた彼に秘密諜報員であるビョルンとジェフリーが近付き、最初は双方の組織にとって建築的な話をしていた。しかしこの「初手」で、敏いアーチーは気付いてしまった。目の前の二人が見知った顔のシム本人達ではないことに。そしてそれを気取られたと「奴ら」も気付いてしまったのだ。そこから先、暫くアーチーの記憶は飛んでいる。


次に目が覚めた時には自身の有能な部下達と共に総じて地下牢に集められており、強制的に眠らされていた。

「暫く様子を観察させてもらっていた。その結果、現在この世界の中で一番権力を誇示できる存在がお前である事を我々は掴んだ。知的生命体として尊重する。その代わり我々とお前達シムとの外交を取り持て」


アーチーは両手両脚を縛られ椅子に座らされていた。ビョルンの姿をした何かはアーチーの顎を掴んで上げると視線を絡ませ微笑む。しかし、アーチーはその手から顔を反らして壁を睨みつけた。

「体良く言っても侵略したいだけだろう。植民地にでもするつもりか?……そんな事よりそのガワいつまで使うつもりだ?俺達のように賢そうな顔は、お前らにゃ似合わねぇよ外来種」


途端に両肩を震わせて身体を小刻みに揺らし始めたビョルンのガワは、湧き上がるその怒りに耐えられなかったのか本来の姿を現してしまった。肌の色はスカイブルーへと変わり、その質感も人間の物とは異なるようだった。耳は鋭く尖り、瞳は大きな黒目のみとなった。その姿が間違いなく異星人である事は誰の目から見ても明らかだっただろう。生憎この場でそれを確認できるのは、唯一、アーチーだけだった。

「交渉は決裂だ。望み通り植民地にする」
「俺と話そうとした時点でお前達の失態だ。やれるものならやってみろ!」

鉄格子の外に待機していたベラの姿を取っていたエイリアンは、アーチーの挑発に乗ろうとした仲間を引き止める。

「こいつの部下は転送完了した。此処にもう用は無い。……お前もだ。下等生物との会話如きで醜態を晒しすぎだ、これ以上我々の存在に汚点を記録するな」
「しかし……」

アーチーは随分な言いようだと感じた。自身の事ではない、仲間に対しての苦言として明らかにシビアな判定だと思ったのだ。ただの一度取り引き条件を断られただけで、こうまで上司に叱責されるエイリアンの力関係は予想外だった。一度の失敗も許されない、自分達は優れていると自負しきっていなければ出てこないような台詞だ。それ程こちらの事を見下しているという表れでもあるのだろう。
だがアーチーが今懸念しているのはそういう面ではない。
今、このエイリアンと自身が切り捨てられたという事は。
鉄格子の前に立っていた上司エイリアンが二体共同時に姿を消したと思った瞬間、アーチーの視界は一切の影を許さない程の閃光に包まれた。そこで彼は再び、意識を手放す事になる。

次にアーチーが目を覚ました時、彼は瓦礫の山と共に砕けたコンクリートの上に倒れていた。警察署があった場所はまるで大きなスコップで地下から掬い上げられたかのように穴が空いており、その残骸すらほとんど残っていなかった。アーチーの傍に転がる瓦礫は、その周辺の家や木々の死に様だった。辺りはまるで大地震でも起きたかのように建物が崩れ果てており、可燃物は残らず燃え尽きようとしていた。シムの悲鳴が聞こえない事が唯一の救いだろうか。アーチーはマスクの奥で防護服の瞬間的なプロテクト機能の優秀さを痛感しながら、地獄絵図となった辺りを見渡していた。あまりにも壊滅的に破壊されているせいで、周囲の景色だけではここがどこの町なのかもわからない。

「……クソ、プロテクトは作動してるがそれ以外がエラーを吐いてるか」

マスクの内部では本来、周囲の解析や組員達の信号など様々なデータを閲覧、管理できるようになっているが、現状通信系統は一切反応しなくなっていた。確認したい項目を選択しようとしても、ポップアップと共にエラーの表記が示されるだけで何もできない。この調子では後どのくらいの規模の攻撃に防護服が耐えられるかもわからないと悟り、アーチーは一先ず上空から見えない影になる場所を探して動き始めた。

「……攻撃で一掃したにしてはシムが居なさすぎる。"転送"は全てのシムを対象にしたのか……?」

アーチーはできるだけ近場の森林に紛れながら、木々の隙間から見える上空を静かに浮いて動いている宇宙船を見る。植民地化すると宣言していたが、それにしては財産や資源となる地上の建築物の崩壊が割に合わない。エイリアンの求める資源とは、生きているシムなのだろうか。

これからどうするか、と考えていたアーチーの頭上高く、深い森林の上空に、一機の戦闘機型宇宙船が高度を下げて近付いてきた。確実に迷いなく地面と並行して降下してくるソレに、アーチーは息を呑む事しかできない。今この場から逃げた所で状況は変えられない。降りて来るであろうエイリアンと対峙する以外に選択肢は無かった。


「マジ!?こんな状況でコスプレしてる奴いるじゃん!」
「……は?」

つい、アーチーから間抜けな声が出た。
飛行船の階段から降りてきたのは極々一般的な男シムだったからだ。

「コスプレパーティ中に襲われた?それとも俺と一緒でトチ狂ってんの?」
「……お前は人間か?」
「冷静かよ!」

降りてきた男ローガンは、アーチーの静かな問いにつまらなさそうな顔をした。

「とりあえず乗りなよ、地上に居たらその内エイリアン達に見つかる」
「……」
「5、4」
「クソ!」

ローガンはアーチーに猶予を与えるつもりは無いようだった。口先ではカウントダウンをしているが、階段は既に収納され始めている。アーチーは迷っている暇もなく本能的に階段に向けて全速力で駆けるしかなかった。閉まる寸での所で身体を滑り込ませ、段差の角に打ち付けながら這い上がって共に収まる。

「やるじゃん」

ローガンはアーチーを見下ろしながら白い歯を見せて笑んだ。

「俺はローガン・ヒル。あの機体は元々金持ちの家の展示品だったんだ。まだちょい試運転中だから使えてない機能が多いし、一旦格納庫に戻すから一緒に来るか?」
「……選択肢はねぇんだろ?」
「何で?此処に残りたいなら残ればいいよ」
「……さっきからお前の言ってる事が解せない。俺達が今乗ってる機体を格納庫にしまうんじゃないのか?」
「あ、そうか」

ローガンはアーチーのラママスクの耳を触りながら頷いた。

「此処は違う宇宙船の中だよ、来て」



そうしてアーチーが連れられて来たのは、正面一帯がガラス張りになっている広いコックピットで、眼下の先、煙があちこちで上がっているその展望を記憶と照らし合わせた結果、二人が居るのはデルソルバレーの遥か上空だとわかった。


「何がどうなってる」
「あの機体はパトロール用っポイ。ここからラジコンみたいに操作できて便利だ。乗って操縦する事もできるみたいだけど、ちょっとまだ操縦席への行き方がわかってないんだよな……」
「何でそんなに当然って顔をして乗っていられるんだ」
「何が?あ、ガラス張りでもバレやしないよ、そもそもこの機体自体が今透明になるフィルターに囲まれてて外からは見えないから」
「そうじゃねぇだろ!」
「そんな事よりお前の名前は?」
「そ、」

困惑に耐えきれず怒鳴ったアーチーの剣幕を微塵も汲み取らないまま、ローガンは平然と自身の聞きたいことを尋ねる。この一連のキャッチボールの無視には流石にアーチーも焦りを通り越して冷静さを取り戻さずにはいられなかった。
出会った瞬間の彼の言葉を反芻する。

「お前、正気じゃねぇのか……」
「今それ重要か?」
「お前に言われたくはない」

アーチーは深く溜息をつくと、その次には吐いた分をゆっくりと吸い上げて深呼吸した。普通のコミュニケーションを時折取れない事が理解できれば、後はそれ相応に立ち回れると判断したのだ。

「俺はアーチー・エヴァンズだ」
「アー……、何だって?」
「……記憶操作のプロテクトが発動し続けてるか」
「お前の名前聞いたのに覚えてられねぇんだけど!?」
「アーチー・エヴァンズだ」
「アーチー……、ア……、は?マジで消えるんだけど!?怖!?お前何!?エイリアン!?」
「俺のこの着てる服のせいだ。今は諦めろ」
「ヤベーの着てんな!?脱げよ!」

ローガンの手がアーチーの肩を叩くと、アーチーはそれを指先で払った。

「格納庫に俺も降りよう、この防護服を直す手立てがあるかもしれん。……脱いでも良いが今度は俺の顔を覚えていられなくて脳が混乱するぞ」
「ソレ防護服なのかよ!?そんなの着てるお前は何モンだよ!?」
「良いから、格納庫に下りるまでお前のエイリアンに関する情報を語ってくれないか。できるだけ最初から」
「あ?俺の物語を聞いてくれるのか?俺の話が聞きたい?イイネ!聞かせてやろう」

ローガンは得意気に鼻先を擦ると頷いてから両腕を広げ始めた。




「待って……」

アーチーとローガンの話をそれまで静かに聞いていたリースは、気分が一向に治らないのかマックスにほとんど寄り掛かる形で座っていた。


「……経緯を丁寧に語ってくれるのはありがたいんだけど、ちょっと話が長すぎる……。掻い摘んでもらえる……?」
「ここからが俺の武勇伝だってのに!?」
「うん……、それは聞きたいんだけど、もっと、要点だけを教えてほしい……」


リースの言葉に周囲のシムは同意するように小さく頷いた。ローガンは思い切り眉間のシワを深く刻みながら、しかし現状一番体力のないリースを鑑みて「わかった」と呟く。

「例えばぁ……、アンタはこれからどうしたい?」

了承した直後、脈略が大きく飛んだ質問が彼の口から出て来たので、今の「わかった」は何に掛かっているのかと全員思うことになる。リースは一瞬言葉に詰まったが、話してくれる事への謝礼も込めて、「エイリアンを倒したい」と口にした。半ば投げやりな解答ではあった。

「そう、エイリアンを倒したいよな!」
「追い出したい……」
「追い出したいよな!って事は、だ」


ローガンはおもむろにその場から一直線に歩み出すと、その先に居たシムの胸ぐらを掴んで勢いのまま顔面を殴りつけた。周囲が呆気に取られる間もなく彼はそのシムを固い床の上に振り落とし、その顔を踏み付ける。

「コイツも倒さなきゃだよなぁ?」


コイツ、と何度も靴底で踏まれたコウは、変色した瞳でローガンを睨みつけていた。床に擦られた顔面が削れて、無機質なブリキの肌を見せている。

「……どういう事?」

リース、トイフリッシュ、ブレットはコウへとシムレイを構えていた。アーチーは既に知っていたのだろう、腕を組み事態を静観している。その傍らで、コウのボスであるヴィオレットは無言でリッジポートに口を付けていた。

「コイツはエイリアンのサイボーグ。シムにとけ込める様作られた、侵略者のサイボーグだよ」
「……どうして分かった」

コウの低い声が恨めしげに呻く。


「お前が交信してたからだ。トルネードポテトが消えたあの日、お前は一度母船に向かって交信を試みただろ。俺はソレを見てた。だからバカでかい落雷に似せたその通信を傍受したんだ」
「……」
「ほとんど何言ってるかわかんなかったけどお前の識別番号だけは覚えがあった。前にセレブのチャリティーイベントでお披露目されてたSFファンタジーな戦闘機の羽根の裏に書いてあった奴だ。そう、あのパトロール用の宇宙船だ。アレと、今乗ってるこの船は、お前のモノのはずだ」
「……おかしいと思ったんだ。管理者である私ナシで動いているのに他の艦隊から一切攻撃されないのは何故か、……セキュリティシステムが壊れてたんじゃないんだな。お前が私のフリをしてこの船の権限を書き換えたのか!」
「大正解!」

気前よく大きくカカト落としをするローガンに、コウは呻きながら頭を抱えた。

「……ヴィオレットは、知ってたの?」

リースは震えながら、美しいボスに問う。問われたヴィオレットはグラスをカラリと鳴らすと、「そうね」と唇を開いた。

「サイボーグである事は知っていたわ。あたしがコウを拾った時、どこもかしこもボロボロになっていたから」
「ボス!私は貴女を裏切っていません!」
「今はそんな話をしているんじゃないのよコウ」
「ボス……!」


コウがローガンに抵抗しないのはヴィオレットへの忠誠の表れなのだろう。しかしどうあれ、信頼は大きく低迷したはずだ。

「私はこの星の状態を連絡しなければならなかった!それが私の使命だからだ!だが一番の理由はそうしなければボスとの時間が脅かされるからだ!」

踏みつけた足元で色んな意味合いの取れる告白を始めたコウに、分かりやすく顔を顰めるローガン。


「この星のシムは全て回収対象だったが、私は"正気でない"シムだけは外されるよう、洗脳電波の構造を組み替えて報告したんだ!お前達があの超音波で何ともなかったのはボスのお零れのおかげなんだ!」
「凄い知りたくなかった」

まるで牛乳を踏んだ時のように、心底不快感を顕にしたローガンはコウから離れた。彼に抵抗する意思がない事を此処に居る全員が理解したからだ。

「私はボスになら殺されても良いが、そうなると他のエイリアンを捕まえて識別番号を入手しない限りこの船も小型機も使えなくなるぞ」
「わかったからちょっと黙れってぇ」

ローガンは最早興味を無くしたのかヴィオレットの隣に座って項垂れた。

「……何かご要望はあるかしら?一応彼のボスとして聞いておくわ」
「何かキモイから上の廊下に縛り付けといてもらっていい?」
「トイ、宜しく」
「ボス……!」

コウの鳴き声と共に了承を得たローガンはトイフリッシュを振り返る。任命されたトイフリッシュは気だるげに瞳をぐるりと動かしてからコウの頭を掴み、その身体を引きずってコミュニティルームを出て行った。金属製の重い自動扉が閉まっていく様子を皆で見守った後、再びアーチーへと視線が集まる。

「……とにかく、そういう経緯でこの宇宙船は手に入った訳だ。小型機の格納庫は備品の宝庫でな、そこで俺の防護服も修復する事ができた」

自身のラマのマスクを軽く小突きながら彼は言う。

「そのおかげでお前達の生体反応を辿る事ができて、今に至るわけだ」

リースは話が早急に終わった事に何故か安堵し、マックスの肩口に額を預けた。マックスは彼女の身体が一向に温まらないどころか、どんどん顔色が悪くなっていることに気付いていた。普段が気丈な分、ここまで弱っている姿を見るのは胸に来る。

「リース、部屋に戻ろう。ちゃんと横になった方がいい」
「……わかった」
「今すぐどうこうできる事はない。少しでも良いから寝ていろ」

リースを支えながら扉へと進むマックスはアーチーからの言葉に振り向いて素直に頷いた。ジャックも孫のようなリースを案じてかその後ろに付き添っていく。ミッキーは姉の容態を心配しながらも、緊張した面持ちで肩を揺らすに留めた。自分がリースについていても何もできない事を分かっていたからだ。

「ねぇ、あなた達はどうして助かったの?まさか皆正気じゃない訳ないでしょう?」

ヴィオレットがウィスキーの瓶をグラスに傾けながら少年たちに問う。ジェイクはその声音にびくりと背を粟立てて肩を竦めた。ヴィオレットの佇まいはコウの謀反的行動に関して全く気に止めていない様子を見せているのに、凛とした声には静かな怒りが滲んでいたのだ。緊張に加えて敏感になっている少年達、特にジェイクが怯えるには十分だった。


「…俺は……、リースに、シムレイで眠らせてもらったんだ」

ミッキーがそんなジェイクを庇う様にヴィオレットの視線の前に踏み込んだ。ウォルフガングもジェイクの肩を軽く抱くと、大丈夫だ、とその耳元に囁いた。

「オレもリースに催眠光線をもらった。……ジェイクは自分で撃ったんだったな」
「あら?リースがシムレイを持っているのは当然だけど、君はどうしてなのかしら?横の彼の口振りからして一緒に居たわけではないみたいね。詳しく聞かせて?」
「え……、それは……」

ジェイクはウォルフガングの顔を見てから、眉尻を垂れさせたまま眼鏡の奥で瞳を揺らす。ウォルフガングはジェイクが何故自分から答えを発しないのか、その理由を知っているせいでヴィオレットの問いに怒りを募らせる。それを見ていたアーチーは僅かに唸ってから、カウンターに体を預けて眠る体制に入ったローガンの隣に腰かけた。

「辞めてやれ。俺の示しが掴ん……」
「どういう事かしら」
「アイツは俺の部下の子どもだ。あの子の使ったシムレイは、父親の形見に」
「形見じゃないです!!」


今まで口籠っていたとは思えない声量でジェイクは件のシムレイを腕に抱いて叫んだ。どうしても、それだけは認められなかったから。

「父さんも!母さんも……!死んだわけじゃないですよね!?」
「……すまん」

先程のウォルフガングの答えは嘘だ。ジェイクは自分自身で撃っていない。
彼に催眠光線を撃ったのは母親であるリアだった。
ジェイクの父親、アーチーの片腕であるリンも、組織の一員として例外なく地下牢へと連行されていた。しかし連行される前に彼はその人となりのおかげで家族と少し会話する事が許された。その時、リンからジェイクへとシムレイを手渡されていたのだ。
それはリアがギャングワイフの幹部であるリンの身を案じて冬まつりに贈った大事なシムレイで、それを息子に託しながら何かあればこれでお母さんを守るようにと、言われていたのに。

「僕は咄嗟に判断できなくて……、母さんも苦しかったのに……!」
「ジェイク」
「僕は何もできないのに助かって……!」
「ジェイク、そんなこと言うなって」

ミッキーはそう言いながら微かに上を見上げて堪える素振りを見せる。両親の事を思うと胸が詰まるから、考えないようにしていたのに。俯いたら感情が零れ落ちそうで、固く目を閉じて唇を噛み締めて涙腺を何とか閉めようとした。
一気にお通夜モードになる空間の中で、ブレットはボス達と少年達との間で視線を行き来させていた。掛ける言葉が見つからない。


「ギャーギャーうるせえな、これだからガキは」

そこに、トイフリッシュが帰って来た。

「……おい、あの女のガキは何であんなに体調悪そうなんだ?」
「え」

開口一番に悪態をついた彼の次の言葉がその問いで、ブレットは面食らう他なかった。子ども嫌いの彼が子どもの体調を気に掛けたのだ。

「勘違いするんじゃねぇ、俺は情報として知りたいだけだ。それによってアイツの寿命が確定する」
「は……?」

今度はミッキーが瞬く間に険しい表情を見せると、「どういう意味だよ!」と怒鳴り散らした。トイフリッシュはそれを無視し、アーチーに詰め寄る。

「どうなんだ。大方冷凍光線で固まってたって所だろうが、それならアイツは誰よりも長時間超音波の環境下で意識があった事になる。コウの野郎が言うには感染状態にならない意識のままあの超音波を浴び続けると、シムのDNAに異常が出るらしい。細胞が無限に増殖し始める」
「待ってくれそれって」

ブレットは青ざめる。

「癌になるって事か……?」
「急速にな」

トイフリッシュが言い終わらないうちに少年達は揃って廊下へと繋がる扉へと走り寄る。ミッキーは重い扉がゆっくりと開くのが耐えられず、何度も拳を打ち付けた。

「姉ちゃん!!」

扉の隙間を通り抜けられ次第姉に割り当てられていた部屋に向かおうと一気に駆けだそうとしていたが、扉が開いた先の廊下にはリースが横たえており、マックスも彼女に駆け寄っている所だった。


「何で倒れてんだよ!?」
「ジェイクが何か叫んでただろ!?心配したリースが飛び出してったんだよ!」
「え、あ、」
「ジェイクは気にすんな!姉ちゃん何してんだよ!!じっとしてろよ!」

ミッキーは姉の顔の傍に膝をつきながら、倒れたリースの目蓋が開かない事に焦燥する。マックスもその異変に気付いており、彼女と自分の体温、それから脈を測って顔を顰めた。

「さっきまで体温が低かったのに、急に高熱になってる……」
「姉ちゃん!しっかりしろよ!マジで癌なのか!?」
「はあ!?」

マックスからしてみれば脈略のないミッキーの言葉に、大げさが過ぎると責め立てる苛立ちが声に籠る。しかし近づいてきたウォルフガングが神妙な表情でいる事に気付き、ただ事ではないのだと瞬時に悟った。

「もう発熱し始めたのか」

三階の渡り廊下からコウの声が降りてきた。

「素直に感染しておけば良かったものを、気丈さが仇になったな」
「お前ぶっ殺すぞ黙ってろ!!」
「何か助ける方法はないのかよ!」
「お前宇宙人なんだろ!何かないのかよ!」

コウの言葉に抑えきれない戸惑いが爆発する少年達。その後ろからブレットが早歩きで近づいてきた。

「病人を前にして騒ぐんじゃない。……どこの町の医療施設も破壊されている状態で治療は困難を極めるよ。……いや、正直に言おう。設備が整っていたとしても、進行速度が速すぎて対応が追い付かない。この船に乗っている薬も応急手当の鎮痛薬が使えるかどうかわからない。……とにかく眠らせよう、苦しいよりはマシだ」
「……わ、たし……」
「すまない、僕がもっと使いやすいシムレイにしていれば……」

手際よくブレットはリースを抱き上げると、ウォルフガングに治療室はあるかと尋ねた。ウォルフガングは躊躇いながらもブレットを誘導するように部屋へと歩きだし、マックスは悔し気に拳を握り締めながらその後について歩く。ミッキーは三階の廊下のフェンスに縛り付けられているコウを睨み上げると、怒りを脚力に変えて彼の元へと走り出した。


「おい!!何でもっと早く言わなかった!」
「早く言ったところで彼女の容態は変わらない」
「本当に何もないのかよ!何もできないのか!?」

両腕をフェンスに固定されたコウはミッキーによって何度もその肩を揺さぶられる。コウは一切の抵抗を見せないで終始無表情にミッキーを見上げて落ち着いていた。

「俺達を姉ちゃんは助けてくれただけなのに、何で……、何で姉ちゃんなんだ……!」
「ミッキー……」

先刻の自身の姿と被る。ジェイクはコウを無意味に揺らし続けるミッキーの手を取り、抵抗しようとするその両腕ごと抱き締めた。もうこれ以上の混乱は少年の身には耐えきれない。突然の理不尽に対する怒りも、寂しさも、どうしようもない不安も、途方もない絶望も、全て。堪え続けた涙で吐き出すしかない。
二人が互いを強く抱きながら嗚咽に埋もれる中、ゆっくりとその背後からジャックが歩んできた。その手には何故かバットが握られている。


「……彼らは本当に何もないのかと聞いとるんだが、答えんという事は肯定と捉えるぞ」

ガツンと一発、コウのブリキの面を晒した顔面にバットが振り落とされた。あまりの事に泣きじゃくっていた少年達も抱き締め合ったまま目を丸くして後退る。

「おいおい、そいつは一応ヴィオレットの部下だぞ。後から文句が出ても知らねぇからな」


その後退った背後に、いつの間にかアーチーが立っていた。

「……で?何を言い渋っている」

バットの衝撃でコウの首が一回転したような気がするが、そんな事は気に留めずアーチーは動きの悪くなったサイボーグの顔面を掴んで自身へと引き寄せる。

「答えろ、リースの事だけじゃない。打開策をお前は持ってるな。だから“ここまで”の状況に導いてきた」
「……」
「……ヴィオレットを船から降ろす」
「待ってくれ!」
「口には気を付けろ」
「……待って、ください……」

しおらしくなったコウの姿を思わず鼻で笑うアーチー。ボス二人の後ろではジェイクとミッキーが顔を合わせて瞬きした。

「……一つだけ、可能性があります。でもそれは半分賭けに近い」
「半分も成功率があるなら十分だろう」

階下ではコミュティルームの扉が開いて、ヴィオレットが顔を出していた。

「マザーを、蘇らせるんです」

廊下に出てきたヴィオレットは聞こえてきたコウの言葉にほくそ笑む。その後ろからはローガンが顔を出し、ヴィオレットの肩に腕を乗せて笑った。


「やっぱマザーだった?」
「やっぱマザーだったわ」

ローガンはケラケラと笑いながらそのまま階下へ降りる梯子へと進んでいき、ヴィオレットはミッキーに再び揺さぶられるコウを流し見ながらリースの元へと歩んでいった。










宇宙船内にあった麻酔鎮痛薬とちょっとした栄養剤を点滴代わりに打たれながら、リースは眠り続ける。その傍らにずっと座っていたマックスは治療室に入ってきたジャックに振り向いた。

「今後の予定が立った、お前も来い」

マックスは一度リースを振り返るとその熱い額にキスを落とし、名残惜し気にジャックに続いて治療室を後にする。歩む足が重い。これが全て夢の中であれば良かったのにと思わずにはいられない。昨日まで平凡でほとんど取り留めのない日常が続いていたのに、寧ろその全てが逆に夢であったかのような錯覚に陥る。
黙々とジャックの背を追いかけていたら、皆が揃っているコックピットへと辿り着いた。


「……簡潔に言う。目標はマザーを蘇らせて味方につける。そしてマザーの力でリースを回復させる。マザーにエイリアン共と対峙してもらう、だ」

アーチーが丁寧にそう口にすると、マックスは片眉をあげて怪訝そうな表情になった。

「流石に夢物語が過ぎないか?」
「そうでもない」

拘束を解かれてヴィオレットの傍に控えていたコウが、間髪入れずに訂正した。

「お前達はリースが討伐に成功した事によって印象が薄れているかもしれないが、マザーは原始生命体のエイリアンだ。しかも遥かに昔からこの世界だけでなく、あらゆる惑星に飛来してはその地に根を張って支配している種だ。何故私達の同胞がこのタイミングでこの星を侵略し始めたのか、答えは簡単だ、マザーが死んだと思っているからだ。私がそう報告した。……確かに彼女の生命活動は現在停止しているが、それは休眠に入ったと言っても過言ではない。起こす事ができれば、我々の同胞にとっては一溜まりもない脅威となる」

コウはふとヴィオレットの顔を覗き見た。

「……貴方は私の"死んでいるか?"という問いに、マザーは"完全に沈黙している"と言った。噓の報告は受けていないわ、気にしないで」
「ボス……!」
「良いから早く解説しろ。何で地下に生えてるだけの植物が飛行技術を持つ賢いエイリアンに有効だと思えるんだ?あの研究所を破壊されたらそれで終わりだろ?」


トイフリッシュは回転する椅子に腰掛けて体を左右に揺らしながら手を払ってみせる。

「わかっていないな。マザーに実質的な死はないと言っているんだ」
「は?」
「むしろ疑問なんだ。何故マザーはあの研究所に留まり続けていたのか、彼女の持つ生命力と繁殖力、洗脳力をもってすれば全シムを感染させて星ごと支配できるはずなのに」
「……信仰でもしてんのか?」

思わずついて出た嫌味だったが、コウは「私の神はボスです」と口にして一蹴した。
アーチーは話の流れが悪くなると踏み、一度咳払いする。

「とにかく、何にしろ現状この星の中でエイリアン達に対抗できるのは同じエイリアンのマザーだけという訳だ。そしてそのマザーを起こせるのは、ワクチンがまだ体内に残っている四名と、発案者であるコウのみ。まあ実際起こすまでは誰がやってもいいだろうが、起きた後何らかの理由で感染されては困るからな。リースは治療を目的にするからどのみち運ばなければならないが、ミッキー、ジェイク、ウォルフガングは確実に研究所に赴く事になる」

名前を呼ばれた三人の少年達はそれぞれまだ覚悟の決まっていない顔で自身の足元や外の景色を眺めて気を紛らせていた。

「正気かよ、ガキに託すってのか!?」
「異論は認めない。既に小型機を研究所に向かわせている。到着次第降りて行動を開始してもらう」

トイフリッシュの怒りをアーチーはピシャリと跳ねのけて淡々と伝達を続けた。

「……でも、マザーが甦ったとなれば、エイリアン達も気付くんじゃありませんか?」

ブレットはそっと口を開いた。

「その通りだ。だから万一エイリアン達が来た場合、注意を僅かでも引く為に囮が要る」
「囮……」
「この船と、小型機だ」

それはまるで

「は!まさかここで死ねと言われるとはな!」
「否定はしない」


アーチーはマスクを脱いだ。ブレットは思わず目を逸らしてしまったが、トイフリッシュは正面から彼の視線を受け止めた。
揺るぎなく闘志を携えたアーチーの強い瞳は、常に彼の溢れる自信を体現していた。
それは覚悟と決意。一切の後悔を残さない男の眼だった。



「……当然、大ボスは安全な所に居るんだろうな?」
「そのつもりだ」
「みんなで無駄死にはごめんだ」
「わかっている」
「……畜生、謝罪も願いも祈りもいらねぇからな」
「……ああ」

とてもじゃないが「死ぬとは限らない」とは誰も言えなった。
コウだけは、マザーが甦りさえすればシムの一人や二人、生き返れる可能性はあると知っていたが、この場の緊張感と結束力を守る事が現状は最善だと踏み、何より不確かな事を口にする性格でもなかった。

「俺は小型機に乗るぜ!一緒に乗るやついる?」

真っ先にローガンが手を挙げた。
まるで遊園地のアトラクションに乗りに行くような軽さで彼は笑う。

「……俺が乗る」

手を挙げたのは、マックスだった。

「マックス!?お前は大人しくしていろ!」
「俺だけ何もせずにただのうのうと生きてられるかよ!それにリースを助ける為の時間稼ぎでもあるんだろ!?俺だって何かしたい!」
「馬鹿な事を言うな!」

父親であるジャックがマックスの肩を掴むが、マックスはそれを振り払ってローガンの隣に歩み寄る。

「こんなデカイ船じゃ敵の攻撃を避けるのにも苦労しそうだし、俺はこっちがいい」
「……」

トイフリッシュとブレットは視線を合わせてから息をつく。
元より選択肢などない。

「この船の操縦は俺達にもできるのか?」
「できるぞ!というかこの船は基本探知されなきゃ一番安全だよ。シールドもあるし、テレポート機能もあるし」
「は?」

マックスが拍子抜けした顔をすると、ローガンはその顔にウィンクしてみせた。

「……俺は」
「あら、ジャックはだめよ。あたしとボスとジャックは離れた場所で様子を見て居なきゃ」
「何!?息子が死地を飛び交うかもしれんというのに!」
「みんなそれでいいな」
「異論は認めねぇんだろ、……仰せのままに」

ジャックとヴィオレットは少し揉め始めたようにも見えたが、アーチーの一声によって役割分担は呆気なく終了してしまった。

「……大丈夫かい」

俯くミッキーにブレットは声を掛ける。

「……全然何も予想できなくて、実感わかないよ。全部無駄になったらどうするの」
「うーん……、人類の終わりなんじゃないかな」
「……重すぎだろ……」

ミッキーはジェイクを振り返る。
彼はミッキーとは反対に既に覚悟ができたようで、ウォルフガングとマザーについて話をしていた。こんな時に不謹慎だとは思うものの、ミッキーは傍らに愛する人がいるジェイクを羨ましく感じる。一人のシムだけを慈しみ尊ぶ事は自分には縁遠い感覚だとわかっていても、寂しさは拭えない。


「……マザーは、俺達の願いを聞いてくれるのかな」

ミッキーがそう呟くのと同時に、ローガンからテレポートの操作をレクチャーされていたトイフリッシュが、唐突にカウントダウンを開始した。それはストレンジャービルへとテレポートする合図だった。


「ちょっとした浮遊感にご注意ください~」

ローガンのおどけた声を聴きながら、全員は全方向に体が回される感覚と、言い知れない無重力的浮遊感、そして体を圧迫される閉塞感を味わった。次の瞬間には重力が戻っており、一気に体にそれがのしかかってよろめく。

「重力は重い……」

ジャックがしみじみとそれを口にする中、アーチーはコックピット正面に見えるストレンジャービルの景色を眺めて静かに頷いた。閑散とした砂漠の地は家々が崩れていてもその景観をあまり違えていなかった。ただ無情にも照り付ける日差しが、この周囲に母船が居ない事を明確にしてくれている。

「マザー組は下りる準備をしろ」

アーチーは少年達を振り返り、そう告げる。彼らはお互いに抱き締め合ってからリースの居る治療室へと向かっていく。

「……マックスは本気で小型機に乗るつもりなのか?」

ウォルフガングは意識のないリースを抱き締める彼に問う。

「お前だって本気でマザーに救ってもらえると思うのか……?」
「……」
「研究所の中で生き埋めにされるかもしれないだろ。……一緒だよ」
「……死にたくねぇな」

ジェイクはリースを抱き上げながらミッキーと共に先に部屋を出る。俯くウォルフガングの背を見遣ったジェイクの視線の先では、マックスがゆっくりと頷いて「頼んだ」と言っているようだった。

「死にたくねぇけど、今更捕虜にもなりたくねぇ」
「違いない」


二人は苦笑すると固く抱擁し合った。
なるようにしかならない。
お互いに納得し合い、視線を交わし、言葉は発しず、それを別れの合図とした。
思い残す事は、考えなければいい。







「……リースの鞄をくれ」

四人は研究所の正面、重厚なセキュリティードアの目の前までやってきた。ジェイクとウォルフガングがリースを抱え、ミッキーとコウが先行して歩く。ミッキーはリースの鞄をコウに渡す事を渋ったが、彼女の持ち物を正しく把握して活用できる自信はなかった為、早々に手渡す事にした。彼は直ぐにカードキーを取り出すと、颯爽とその扉を開いて研究所の地下へと降りる階段を下っていく。


「気を付けて」

ミッキーはジェイクとウォルフガングがリースを抱えて階段を下りる危険さにハラハラしながら、先へとずんずん進んでいくコウの背を恨めし気に見る。微塵も信用できない相手にこの先の未来を掛けさせて本当に正解だったのだろうか。いずれにせよ、選択肢はないのだが。


「……これで後は敵が来るのを待つだけ、か」

ボス三名を研究所のあるクレーターから離れた峡谷へと降ろし、いよいよ囮組だけが宇宙船に残された。トイフリッシュはローガンから「免許皆伝!」と言われる程瞬時にあらゆる機能と操作をマスターしていた。それ故に既にローガンは小型機に乗る気満々であり、落ち着かないのかやたらとコックピット内をうろついていた。

「別に乗り回すくらい、いいんじゃねぇのか」
「そう思うか!?」
「コブラ起動とかクルビットとかしてみたらどうだ」
「トイ、あまり適当な事は」
「いいな!やってくる!」
「え」

ブレットの制止も聞かず、ローガンは俊足で船を降りようと階下のポータルに向かっていく。

「ど、どうするんだ本当に実践してみて墜落でもしたら……」
「その時はその時だろ」

トイフリッシュは興味なさげに目を細めて席を立つ。
コックピットの窓から外の景色を眺めていると、その遥か前方で高速飛行を繰り返す小型機が見え始めた。

「正気じゃねぇなぁ……」

感嘆を通り越して呆れたようにその機動力を見て笑っていると、後ろの扉が開いて慌てた様子のマックスが入ってくる。

「ローガンまさか一人で行ったのか!?」
「あ、いやこれはただ」
「そうだ」

ブレットの答えに被せて、トイフリッシュが言い切った。

「何でだよ!俺だけ何もできないってのに!」
「どこに居たってガキには何もできねぇだろうが、うるせえから吠えるな」
「お前……!ずっと偉そうにしやがって!子ども嫌いだか何だか知らないが勝手に人の尊厳なじってんじゃねぇよ!」
「ガキの命掛ける事が尊厳とは大層な事だな」
「守りたいモノの為に命掛けるのに年齢なんか関係ないだろ!」
「あるね!!」


トイフリッシュはマックスの足を払うと、バランスを崩した少年の体を思い切り扉へと蹴り飛ばした。ブレットは急いでマックスに駆け寄り、項垂れて肩を抑える彼を労わりながら隣のコミュニティルームへと連れて行く。彼はトイフリッシュに何か声を掛けようかとも思ったようだが、その瞳を見たら結局何も言えなかった。

「ガキが大人のやる事に出しゃばって来るんじゃねぇ!黙って船に乗ってろ!!」

トイフリッシュの紫に光る眼には、いつだって子どもへの憎しみが入り乱れている。純粋な衝動によって動く不安定な存在は目障りだ。健気さなど受け入れがたい。

「……大人しくしてりゃいいんだ」

綺麗事の為に自ら死にに行くなど、許して堪るか。





項垂れたマザーの姿が四人の目には映っていた。それは倒した時のままで、枯れている様子もない。

「……正直、ゾンビみたいなヤツらがコイツのせいって事と、トイレとかシンクにツタが生えてキモかったから倒すのに協力したんだよな」

ミッキーが端正な顔を歪めながら蛍光色の触手を見上げた。

「僕は得体の知れないものが街に巣食っているのは怖いなと思って……」
「オレなんかジェイクがやるから手伝っただけだぞ」

マザーに一番接近できるお立ち台の上で、コウはリースの鞄を漁って中から赤い奇妙な果実を取り出した。

「リースをここへ。君たちは少し下がっていろ」
「なあ、本当に姉ちゃんは助かるのか?」
「その質問に意味はあるのか?」

コウの無機質に光るブリキの眼がミッキーを見据えると、彼は言葉を詰まらせる。ここまで来たら、後には引けない。ジェイクとウォルフガングはリースをコウの傍らに下ろすと、階段から下りて成り行きを見守った。
コウは片膝をつくと果実を片手で握り潰してからマザーのしぼんだ蕾に投げつけた。それから声を掛ける。


「マザー、原始の生命体。命の地脈を統べる王よ、どうか起きてください」


たったそれだけの事だった。
何を刺激するでもなくコウはマザーに呼び掛け、一瞬拍子抜けした少年達はお互いに顔を見合わせて困惑した。しかしその一瞬で目の前のマザーは内側から輝きを取り戻し、花弁をもたげてその巨体を真っ直ぐに起こしたのだ。

「ああ、マザー」


それはまるで欠伸をするような動きだった。

「貴方が戯れで寝ている間に外は大変な事になっています。エイリアンの襲撃があって」

マザーはコウの話の途中に咆哮をあげて激怒を示した。コウもその剣幕に圧されて一歩後退る。ヴィオレットの前以外で彼が狼狽える姿はこれまでに一度と無く、実に奇妙な光景だった。

「確かに私のせいではありますが、私も複雑な立場で」

マザーのツタは容赦なくコウを叩き、為す術なく彼がその場に倒れた後、そのツタはリースへと伸ばされた。

「姉ちゃん!この花……!」
「待ってミッキー!」

ジェイクは咄嗟に駆け寄ろうとするミッキーの腕を掴んで引き留めた。

「何か変だよ」
「はぁ!?」

焦りで声を荒げるミッキーには目もくれず、ジェイクはマザーを見上げ続けていた。偉大なる原始生命体は幾本ものツタでリースを優しく抱き起こすと、花弁を震わせて呻くように鳴いていた。

「マザー……、彼女を」

コウが言葉を発すれば発する程マザーの顰蹙を買うようで、彼はリースとは異なり乱暴にツタで包まれると、顔面を重点的に巻かれて発言できないようにされてしまった。

「……マザー、僕らの話はわかりますか」

ジェイクはそんな荒ぶる植物に、恐る恐る歩み寄ろうと階段を上がり始める。
マザーは一瞬ジェイクにも吠えようとしたが、自制するように茎を一度後ろへ引いて傾げて見せた。

「僕はそこの彼女の従兄弟で、……彼女をマザーに、助けてもらいたくてここに来たんです」
「お、俺は弟だから!」
「え、オレ、あーっと、友人だ」

マザーはリースに超音波のようなものを当てながら、三人の少年達をじっくりと観察するように動いた。

「わかりませんかね、左右後ろでリースと一緒にあなたを倒したんですけど」
「馬鹿!その情報はいらないだろ!」

ミッキーはジェイクの額を思わずはたく。
その様子を見たマザーは、大きく体を仰け反らせると高く高く茎を伸ばしてゲラゲラと笑う様に天井を仰いだ。
しかし次の瞬間、マザーは一際大きく唸り声をあげるとリースをお立ち台の上に戻し、三人の少年を一気に一本のツタで包んで階段の下へと戻してしまった。それから動きを抑えていたコウに対して更にツタを巻き付け始め、いよいよ堪らないのかサイボーグの彼は徐々にプラズマの光が全身を走り回るようになり始める。

「マザー、アイツの事相当気に入らねぇのかな」

ウォルフガングはエイリアン襲来以降初めて笑顔になっていた。

「でもアイツ、マザーの言ってる事理解してたっぽいけど、……壊されて大丈夫かな?」

ミッキーが苦笑しながら心配する間にもどんどんコウは全身に電流をほとばしらせ続けていき、本人の呻き声も時折ツタの間から漏れ出ていた。ジェイクはすっかり怯えてしまったのか眼鏡の上から顔を覆って身を縮ませる。そしてそれをガン見するウォルフガング。そんな妙な空気感の中、突然の地響きが彼らを襲った。

「何だ!?」
「エイリアン達が気付いて襲撃に来たのかも……!」
「外に出た方が良いのか!?」

その場から逃げようと最初に動いたのはジェイクで、彼は急いで階段を駆け上がるとリースを抱き上げて慎重に階段を下りていく。その背後ではコウを取り巻くツタが解けていき、やっとマザーから解放されたようだった。

「コウ!リースはこれ治ってんのか!?……てか、お前、何か、変じゃないか……?」


ジェイクはリースを抱えたままミッキーの背後に立ち直ると、ミッキーの言う異様さを目の当たりにする。コウの人工肌はどうやらツタによって剥がされたようで、サイボーグらしいメタリックな骨格構造が剝き出しになっていた。時折火花を散らせながら、彼は暗くなった白目の中で赤い瞳孔を光らせて振り返る。

「……こ、れで、はなし、ができ、ます」
「え……?」
「そ、の娘、は……しばら、く、安静、にして、おきな、さい」
「まさか、今喋ってんのはマザーなのか!?」


ゆっくりとした動作で近づいてくるコウの異様さに気圧されて、ミッキーとウォルフガングはジェイクとリースを庇う様に移動しながらじりじりと後退った。










後編に続く……。





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