敵の敵は敵だ!Part.2
〇本編のダイジェストなマシニマ
〇Credit
まず動画を作成する上で主に使わせていただいたアニメーション、ポーズのサイト様をご紹介させていただきます。
たくさんのCC、MODクリエイター様に感謝します!
・Animation
・Pose
Hospital Pose Pack(missroseplays)
Rocket Launcher Pose Series (RPG-7)(viktorviolettaenterprises)
Tinwhistletoo’s Hollywood Car Chase(The Spangleway)
・建築物
〇本編全文
主人公はリンさん(とリア)です。
今回はリンさんをメインにギャングワイフらしさ全開で二次創作しました。
あくまでもこちらのブログの悪人プレイ内での二次創作ですので、まえがみさんご本家の素晴らしいセルヴィス親衛隊、及びギャングワイフと混同なきようお願いします。
全部、おれの、妄想です!!!!
独断と偏見です!!!!
まえがみさん、いつもありがとうございます!!!!
そして今回動画撮影に気力を注ぎ込んだため挿絵スクショがほとんどありません!
動画を見た後読むと映像がイメージを補完してくれると思います。
が、
長いので暇な人だけ読んでください!!
では、改めまして。
敵の敵は敵だ!Part.2
随分と静かな夜だと思った。
脇を過ぎていく車通りは多くもなく少なくもなく、どちらかと言えば寝静まるとは縁遠いデルソルバレーでは、街灯の光も、ヤシの木に絡むネオンもきらびやかだ。
そんな明かりに照らされる中でも今が深夜である事を辛うじて認識できるのは、今日の営業時間を務め切った国立銀行が隣に建っているからだった。
「用意した人数が三人って、少数精鋭って訳でもあるまいし……」
「僕達を含めると五人です」
デルソルバレーとは言え辺境の地に建ったせいか控えめな大きさの銀行の傍ら、その駐車場に無造作に停められたスポーツカーは二台。片方の黒いアウディには組織の象徴とも言えるラマ頭の被り物マスクを着用したリンが、気だるげに車体にもたれて時間を潰している。その運転席にはエリオットも座っており、彼はリンとは逆に何かを警戒する様に辺りの様子を確認し続けていた。
「上手く行くと思うか?」
「どこからどこまでの話です?」
「……さてな」
銀行の中にはこの日の為にボスが手配した部下が三人おり、今まさに貸金庫から狙いの獲物を盗んでいるところだ。一人のヴァンパイアが見張りを担当し、二人のシムが手際良くお目当ての物資を鞄に詰めていく。
リンとエリオットは彼らの監督という体で作業が終わるのを近くで待機していた。何せこの三人はボスが寄越した者達とは言え正直全くの素人で、万が一失敗したとなれば監督不届きで責任を取らされるのはリン達なのだ。
不意にリンのコートのポケットが震えた。スマホに着信が来たのだ。
車体の滑らかな曲線から腰を離し、彼は呼び出しに応じて軽く歩み始めた。
「……今のところ静かだよ」
強盗任務中のリンへ電話を寄越せるのは、組織の中でも一人だけだ。彼の軽い言葉遣いの中から畏怖の念が滲み出る。
「……もうすぐモノは回収されるとは思うが、…具体的に?あー……」
リンは手首に視線を落として腕時計を確認しようとしたが、今日ははめて来なかった事を思い出し言葉に詰まった。
その時。
「リン!」
「聞こえたぜ」
受話器口とマスク越しでもガラスが派手に割れた音は聞き逃さなかった。
アーチーから届いた「上手くやれよ」の声を残し、スマホは通話の終了を知らせてくる。
銀行から一目散に走ってくる部下二人を見るに、撃たれたのは見張りのヴァンパイアである事が予想できた。
「頭に一発!」
「吹っ飛んだんだ!」
「ほぉう、アッチはスナイパーを使ってきたか」
リンは拳銃を構えながら逃げてきた部下とは逆に銀行へ向かおうとしていた。
「リン!分析的なのは良い事ですが、今はこの場を離れるべきです!」
喜び勇んで進むリンの前方へ、エリオットは車ごと躍り出る。急激にエンジンを回したせいかタイヤが擦れて焦げ臭さが漂った。
「こちらに向かってくる赤のポルシェが見えました。迎え撃つには分が悪い」
「わかったわかった!」
「しっかり捕まっていてください!」
大通りさえ避ければ道は空いている。後は追い付かれないように振り切れば良いだけだ。
エリオットは視界の端に迫り来る赤を捉えながら、アクセルを踏み込んで急発進した。
その反動で揺さぶられる中、リンは「何でオープンカーで来たんだ」と内心で苦言する。
「アイツらは──」
部下がついてきているかと振り返って確認しようとした矢先、今し方曲がってきた角の街灯に彼らの乗った灰色のベントレーが激突していく瞬間を目に映す。エンジンが損傷し爆発音と共に一気に燃え上がるベントレー。
「僕らは逃げ切りますよ」
バックミラーでその光景を確認したエリオットが更にアクセルを踏み込んで速度を上げると、予想通りその後ろを赤のポルシェがつけてきた。座席に座る二人の姿を見るに所属がオラクルのシムだとわかる。リンはそれを見ると鼻で笑って肩を竦めた。
「引きこもり集団とカーチェイスなんて光栄だな」
「撃ってきています、気を付けて」
「どうせ当たんねーよ」
そう言いながらリンもまた拳銃を構えてポルシェを狙い出す。
「……舌噛んで死なないでくださいよ」
「流石にそれはダサすぎるだろ」
タイヤが路面を幾度となく滑り、その度に上がる悲鳴のようなブレーキ音と両車両から放たれる無駄撃ちの応酬が夜の街に響き渡る。しかしその音を聞き付けて窓から覗いたとしても確認できるのはせいぜい赤いポルシェの臀だろう。そのくらいの速度で二台のスポーツカーはいくつもの街並みを走り抜けていく。
「この先は長い直線になります、圧倒的に不利です」
「クソ、弾はもうないぞ。森のせいで暗いってのにヘッドライトが消えちまって良く見えねぇし」
「……僕が撃ちます!ハンドルを頼みます!」
「よし来た」
ヴァンパイアの目は暗がりでこそ優れた性能が活かされる。エリオットは自身の拳銃の先を後方に続くポルシェへ向けて体勢を整えると、一気に三発撃ち放った。
一つは運転手を、一つは助手席の者を、そして残す一つがポルシェのタイヤを貫いた。
運転手は瞬間的に無機質な物体と化し、車の速度と衝撃に耐え切れず道路に放り出される。助手席の男はかろうじて意識が残っていたものの、パンクした車を立て直す事も車外へ逃げる事も叶わず、そのまま車体が大きく軌道を変えて道路脇の木々にぶつかって行くのを享受する他なかった。
「っしゃあ!」
部下達の時と同じように炎上する敵の車を見送りながら、リンとエリオットは互いに笑顔を見合わせた。
「それでこの車はどこに向かってるんだ?」
「……橋を渡った先でUターンしましょう。追っ手がアレだけとは思えませんが、道を変えるにしてもこの先は」
如何に鬱蒼とした森の中でも川を越える為の橋の上には周囲を覆う木々などない。二人の乗ったアウディは当然無防備な姿を晒す事となり、橋を一望できる位置から構えられていたロケットランチャーは、見事、走り去ろうとする黒を撃ち抜いた。最大威力の爆発を起こして無力にも美しいスポーツカーは、湧き上がる炎と共に宙を舞う。
空気が澄んだこの地域の星空はそれはもう光り輝いており、吸い込まれそうな深い群青の中で真っ赤に燃え上がるアウディの残骸はその異質さを夜に刻み付けているようだった。
リンが家に帰ってこなかった。
仕事柄飲み会が長引いて昼過ぎに帰宅してくる事はこれまでにも何度かあったが、連絡無く遊び呆ける男ではなかった。リアはそんなリンを気にはなりつつも、彼が今何か大事な局面に立っていて電話をしたら仕事の邪魔になるのではないかと怯えて動けなかった。
その考えよりも心配が勝り始めたのは、兄達の子どものリースが学校から帰ってきてリンが居ないと唇を尖らせた頃だった。父親であるマイもアンも叔母であるリアも揃っている家の中で、一人だけ帰って来ない叔父さんが異様に感じられたのだ。
「皆に聞いてるけど誰も知らないって。昨日何かしらの任務にはついてたと思うんだけどさ」
リアと違い双子の兄は行動派だ。「帰って来ないな」と思った直後に手当り次第関わりの深いシムにメールを送りつけていた。
その中で返事がこなかったのはエリオットだけだった。正直一番中身のある連絡を期待していたシムだった事もあり、お気楽者なアンも次第に顔を顰める結果となる。
「……何かあったかな」
皆の不安を代弁するかのようにぐずったリースを寝かしつけた後、ボスの家に直接赴こうかとアンがマイに相談していると、アンとマイ、そしてリアのスマホがほぼ同時に震えて受信を知らせた。サウンドが異なったリアのスマホは、電話の着信を示していた。画面にはカーリーの名前が浮かんでいる。
「……もしもし」
リアが電話を取る瞬間、玄関をノックする音が廊下を伝って居間まで響いた。冷たい電話機の向こうからはカーリーの珍しく上擦った声がした。
『留守番にヒマワリを送ったから、三人はウィロークリークの医療センターに来て!』
その声はアンとマイにも届いた。マイは端正な顔を険しくすると無言で玄関の扉へと歩いていき、アンはリアとマイの背中を見遣ってから眠る愛娘の様子を再度確認しに行った。
「……どういうこと?」
『あんまり長く話してられないの、傍受される危険があるから』
「リンさんは、」
『ごめん、何とも言えないの。お願い直ぐに来て』
ウィロークリークにある医療センターと名のつく病院は一つだけだ。目的地は明確。しかし何故そこに呼び出されなければならないのか。
一方的に切られた通話に意識を取られて動けなくなったリアの肩を、アンが軽く押して進むよう促した。
「……大丈夫だ、病院って事は少なくとも死んでないって事だろ」
「……」
言語化しないようにしていた事を、兄に示されて息が詰まる。そうこうしている間に居間へと入ってきたヒマワリが、悲痛に歪んだ表情を見せながらリアを抱き締めた。
普段は陽気で朗らかな彼女からは程遠い雰囲気の抱擁に、抱かれたリアの背中が冷えきっていく。
「私が乗ってきた車を使って」
「了解。……リースを頼むよ」
震えるリアの腕を掴み、アンは寒空の外へと出て行った。
第一印象は"他人"のようだった。
記憶の中の愛しい人とは到底似ても似つかなかったから。
血の気が失せて真っ白に漂白された肌の下を、紫に変色した血管達が所々浮かび上がって斑を描いているようだった。リア達から見て左側の損傷が激しい事は素人目からでもよくわかる。目の周りは血流の滞りを受けて黒ずみ、唇は青黒い。ホラー映画のピエロみたいだと、この部屋に入った時先に見舞いに来ていたイヴィーが呟いていたのを耳にした気がする。今はただ、これで生きているという事実に安心すればいいのか、致命傷を受けた恋人を思って嘆けばいいのか、途方に暮れてその顔を見つめる事しかできない。
「……現状、意識が戻るかは断言できず……」
カーテンを隔てた隣のデスクではマイとアンが医師の説明を静かに聞いていた。あまりのショックに泣く事もできずに放心し続けるリアは、隣で同じく苦悶の表情で腕を組み、静かに同僚を見つめるカーリーの横顔を盗み見る。
その視線の先に横たわる目の前のシムが、リンだと認める以外に他はないのか。
「今病院だから掛けてくるんじゃねぇよ」
どうにかして現実逃避したがったリアの耳に、病室の外、廊下からイヴィーの声が入り込んでくる。
「生きてるっちゃ生きてるが、もう意識は戻らないって話だし、ほぼ死人みたいな顔してるよ」
咄嗟に兄達を振り向いたが、医師の話を真剣に聞いているせいなのか、自身が地獄耳なだけなのか、彼らは全く反応を示さなかった。
「はぁ?今それどころじゃないだろ?そもそも何で俺が先方に送る女を探さなきゃならないんだ?お前がくれてやるって言ったんならお前が寄越せば良いだろうが、ボスに寄るイイ女なんて腐る程居るだろ!そっから適当に見繕えよ」
リアはイヴィーの不愉快な声を無意識に辿ったようで、気付けば廊下に歩んでいた。
「アッチもアッチだ、高望みし過ぎなんだよ。清楚で可愛い女がお前に寄るわけ」
廊下をウロウロと落ち着きなく歩きながら通話に興じていたイヴィーは、リアが部屋から出てきたのを横目に見ると少し罰が悪そうに身体を背ける。
しかしふと、その間際に目が合った。
「……待てよ。待てよ待てよ?」
リアが廊下を歩いていくその後ろを追いながら、彼の声音が段々と明るくなる。イヴィーの言葉が通話相手に向けられているのか、歩み続けるリアの背を引き止めているのか定かでなかったせいで、彼女は訝しげにイヴィーへと振り向いてしまった。
「予定変更だ。今からそっちに行くから寝るんじゃねぇぞ」
電話を切ってスマホをポケットにしまったイヴィーは、充血した瞳で睨んでくる可愛い顔を見つめ直した。
「リンの仇、取りたいとは思わないか?」
甘やかな悪魔の誘いは、リアの絶望的に疲弊した思考を掠め取っていくには十分だった。
「珍しい組み合わせだな」
そう言ったアーチーは一人掛けソファに腰掛けたまま視線すら寄越さなかった。最も彼はラマの頭の形をしたマスクを被っている為、視線は愚かその自信に満ちた瞳の色でさえ確認できやしないのだが。
リアへ向かいのソファに座るよう促すと、アーチーは大きなコーヒーテーブルの上に重たいアタッシュケースを一つ置いて見せた。イヴィーが彼の隣で寛ぎ出したのを合図に、ゆっくりと足を組み替えてアーチーは言葉を発し始める。
「どこまで聞いた?」
「……。囮に、なると言う事までは」
「ある程度聞いたのか。それでも、その役目を負いたいのか?」
「……私なら、気を引けるのでしょう?」
リアは膝の上に置いた両手の拳を握り締めながら、アーチーの光るマスクの目を見据えた。
「健気で泣けるな。良いだろう、リンの上司としてそれなりに正確な情報を堅気なフィアンセにもやる事にしよう」
アーチーは頬杖をつきながら、リアの瞳を見据え返す。
「俺達が以前から"懇意"にしているオラクルという組織がある。今回リンを襲撃したのはそいつ等だが、奴らは結局の所手足に過ぎない、首謀者はヴァハラという男だ。コイツは以前俺が来る前のギャングワイフに居たんだが、一度解散した時に抜けて今はオラクルの方へ肩入れしているという訳だ。そいつが最近俺達と仲良くしたいと言い出した。インターネットが普及し出して引きこもりの組織にもツキが回ってきたんだろうな、随分と羽振りが良いらしい。……当然、気前のいい俺は了承してやった。だが向こうは口返事では信用ならないと"人質"が欲しいと言い始めた。俺が侍らせるような女を譲れと言うんだ。選択の趣味は良いが俺のモノをくれてやるのは些か気に入らねぇ。だからイヴィーにあちらの気に入りそうな女のタイプを聞き出させて用意させようとしていたんだが、その間に、バァンと、……こうなっちまった」
わざとらしく肩を竦めて見せるアーチーに、眉を顰めそうになるのを抑えるリア。思わずぐっと目を閉じて堪えながら、イヴィーの時は聞き流せたのに、と内心で毒つく。
「こうなっちまったら仕方がない。せっかちな向こうには飛び切りのプレゼントを用意しなくちゃならない。だから探す女の条件が増えて困ってたんだ。……コイツと一緒にラッピングしたくてな」
目の前のアタッシュケースを指さして、アーチーは声を沈めながら笑った。
「これの中身は何です……?」
「金だよ。遅くなりましたっていう詫び金だ」
「と?」
それまで黙って聞いていたイヴィーがアーチーの返答に追って問い掛ける。その口角は意地悪く上がっており、とっくの昔にその真実を理解している顔だった。
「……お金……と?」
リアが確認するようにゆっくりと復唱する。
「……爆弾だよ」
そう答えたマスクの中で愉しげに笑うアーチーの顔が透けて見えるような気がした。囮の意味が、鮮明になった瞬間だった。
「辞めるか?」
「…………いいえ」
琥珀に光るリアの瞳が鋭く細まる。
「リンさんが目を覚まさないなら、生きていても仕方ないもの」
「おいおい縁起でもない事を言うなよ。何も自爆テロしろって言ってるわけじゃない」
真剣なリアとは対照的にアーチーは肩を揺らして大きく笑った。
「頃合いを見て爆発させる。お前の仕事はソレをヴァハラの傍に運ぶ事だけだ」
「……」
「お前がヴァハラに気に入られたとわかったらこちらからも"挨拶"に行くから待っていてくれ。それまでの機嫌を取っておいてほしい」
「……わかりました」
「向こうへ送るのに少々支度が要るだろう。暫く家を空ける事になるがその辺はどうなってる?」
「……リンさんの居ない家に帰りたくないと、友達の家にお世話になると、兄達には伝えてあります」
「良い嘘だ。ナンシーに口裏を合わせさせるか……、決まりだな」
嘘ではない。
しかし今はもうそんな事を気にしていられない。
「じゃ、ドレスを選ぼうかお嬢さん」
イヴィーは悪戯に微笑んで立ち上がると、恭しくリアに手を差し伸べた。この手を取ったら最後、もう引き返す事はできない。
「……よろしくお願いします」
それでもイヴィーの手を取ったのは、リンをあんな姿にした男の顔を見てやりたかったから。やり場のない怒りを、恨みを、憎しみを、明確にしたかったから。
大事な人が傷付いている横で、泣いて何もできないまま終わるわけにはいかないのだ。
「……イヴィーもたまにはいい仕事するじゃねぇか」
面白くなってきたなと独りごち、アーチーは二人の背中を見送るのだった。
苦しい時に思い出すのは、あの夏を明日に控えた春の最終日。
「これからどうするんだ?アンは君を引き止めていたけど、結局マイとデートに行ったようだし、……逃げるなら今だよ」
間が悪くも愛の日にアンの元を訪れたリアは、家の中で距離を縮めていく兄とそのお相手を気遣って、同じく双子の弟であるリンと共に近くの草原で雲を眺めていた。
少しずつ傾き始めた太陽からの木漏れ日を感じていた時、リアは隣に寝転ぶリンから静かにそう問われた。
「……逃げるなんて」
「君は頑なに、俺達とは関わらないようにしたかったんだろ?」
「……会話が、苦手なだけです」
「そうか?」
「兄の顔だけ見たかった」と主張し続けた手前、言い訳は難しかった。本音を言えばフラッとこの場を去ってしまいたい気持ちがまだ心に残っている。リアはどっちつかずな自分を恨めしく思いながら、結局は兄を頼ってしまう自身の弱さを憂いた。
「……私、家出、してるんです」
どうして話そうと思ったのか、今思い返してもわからない。でもその時は何故かとても安堵していて、優しい夕陽と柔らかな温度が心地好かったのを覚えている。
「初めて、家出しました。家からこんなところまで、一人で来たこともなくて。……こんなに清々しい気持ちになるなら、もっと早く私も家を出れば良かったと思って……」
上手な話し方がわからない。それなのに取り留めなく思いが溢れて、考えるよりも先にそれを外に出したくて堪らない。普段はこうした言葉達が対話相手にどう捉えられるかと怯えてしまい萎縮するばかりだが、今この時ばかりは頬を撫でる風がそれを許してくれるような気がした。
「もう家には帰りたくないと思って……。でも、ヴィヴィアンが気になって、……元気かなって……。彼、大好きだったフィアンセに裏切られて……、それから全然会えなくて……。最近、喧嘩が強いシムがナイトクラブによく現れるって聞いていたので少し気になって調べたら……それがヴィヴィアンで。……会うついでに、私も新しく生きてみたいなって思ったんです」
不意に視線を隣のリンに遣ってみたリアは、彼の端正な横顔が綺麗だと気付いて急に恥ずかしさを抱いて空を見上げ直した。
ジワジワと迫り来る「勝手に何を話しているんだろう」という後悔が、リアの指先を冷やしていく。
「……犯罪者キャリアだけど、それはいいのか?」
視界の端で、リンがこちらを振り向いた気配がした。
「……兄が元気なら、何でもいいんです。私と違って、彼は自分の道を自分で選んで進んでいく事ができるから、……ちゃんと、幸せになってほしいんです」
「自分は?」
「私は……、ヴィヴィアン程の苦労はしてないので……」
「誰に気を遣ってるんだ?」
リアの視界にリンの顔が入ってきた。体を起こしたようだ。
「苦労してようがなかろうが皆幸せになっていいはずだろ。幸せになるのを夢見たっていいはずだ。上手くいかなかった時の言い訳なんて考える必要は無い。それに、失敗が不幸だって訳でもないだろ」
西陽が照らし出す彼の茶色い瞳が黄金に光る。自信に満ちた芯のある輝きがリアには眩しい。
「兄が犯罪者でも幸せならそれで良いなんて言いきれる家族を、アンが大事に思わないわけないだろ。あんなに怒って引き止めるくらいには君を心配してるんだ、変に遠慮せずに、一緒に過ごしたらどうかな。それは君の……、リアちゃんの幸せの一つにはならないのか?」
「……私の、幸せ」
毎日毎日誰かに迷惑を掛けまいと念じながら過ごしてきた。それが人と関わる為の全てだと思っていた。家出はこの人生の中で唯一の身勝手だと思って踏み出したのに、目の前の男はもっと欲張れと言ってくる。
幸せは沢山あるのだと言ってくる。
こんなの知らない。
「こんなの……」
自分の中の何かが音を立てて崩れていくのを感じる。とても鮮明で開けた視野を手に入れたような気さえするのに、その事実に気付いた途端、今までの自分が如何に情けなかったかを思い知らされる。
それが無性に悔しくて、それでも解放されて嬉しくて、情緒不安定な脳はリアの瞳に涙を溜めていく。
「え……っと……」
「大丈夫です……。ちょっと、びっくりしただけです……」
「びっくり?」
「びっくりです」
リアが身体を起こすと陰っていく太陽の逆光でその表情にも強い影が落ちる。しかし零れ落ちた涙は反対に光を反射して流れ、それを凝視したリンの目には嬉しそうに笑うリアが映っていた。
「私、生涯の願望、ソウルメイトなんです。お兄ちゃんと暮らしながら、……頑張って恋人、作ろうと思います」
「え?あ、ああ……」
「人が集まる所、調べなくちゃですね」
「……」
陽気さを取り戻しつつあるリアがスマホを取り出して何かを検索しようとする傍ら、リンはその画面を少し覗き見てから僅かに視線をさ迷わせた。
「……この地域の酒場は多分マイ達がデートしてるから、今行くと気まずいかもしれないけど」
「あ、そうでした……」
ハッとして顔を上げてから明らかにしょぼくれた表情を見せるリアに、リンは小さく笑む。
「今日のさっき来たばっかでアンの家の鍵も多分持ってないだろうし、そろそろ冷えてくるからとりあえず俺達の家でゆっくりしていきなよ」
「そうでした……」
「そんな落ち込む事じゃないだろー」
初めから上手くいく事なんて滅多にないんだから。
「今日は残念だったけど、リアちゃんの都合が良い時にでも色々楽しい場所案内するからさ」
「本当ですか!助かります!……私、明日でも明後日でも暇してますので、リンさんがお手隙の際に声を掛けてくだされば、飛んで来ます」
「……なら俺が家に行くよ」
その時の微笑みが、本当に優しくて────
「黄昏るのもそろそろ終いだぞ、妬かせてくれるなよ」
ヴァハラはリアの座るソファへと近付くとわざとスプリングを軋ませながら腰を沈みこませ、座っているクッションの角度を歪めてリアの傾いた身体を引き寄せる。
「リリアンの様な清楚な女があの男の傍に居たなんて釣り合わないにも程がある。ああいうのには強気な女がお似合いなんだ」
「……端から私は大して目を掛けられていませんでしたよ」
「よく言う、アンタがエヴァンズと話している姿は何枚か押さえてあるんだ。光栄に思っておいてやれよ。……ところで、普段のファッションはリリアンの性格にも合ってないし、清楚系が一番似合うだろうにどうして着ないんだ?」
"普段"を知っているとは侮れない。リアは目を細めながら事実を交えて少しはにかんで見せる。
「ティーンの頃までは清楚だったんですけど、似合いすぎて声を掛けられる事が多くて、鬱陶しくて変えたんです」
「は!間違いない!俺みたいなのに捕まり放題だよなぁ」
清楚でビッチなのも良いとは思うがな、とヴァハラは下品に笑う。
「アイツの女が来たら直ぐに組み敷いてやろうと思っていたが、こんなに物腰の柔らかな女性が贈られてくるとは思わなくてな。新鮮で良い。リリアンはまさに俺のタイプだよ!ショーケースに入れて飾っておきたいくらいだ!」
後ろに控えるオラクルの男がヴァハラの言葉に同調するように小さく頷いた。趣味の悪い褒め方だが、どうも本気でそう望んでいる節がある。丁寧に扱われる点では安心だがこのまま傍に居れば観賞用の何かにされてしまう気がしてならない。
彼等が居る場所は海沿いの工業地帯の一角だった。外観は古い工場をエコフレンドリーにカモフラージュしており、地下に降りればオラクルのアジトとして機材が完備された部屋が幾つも存在している。
リア達がいる部屋は階段を上がった先の居住スペースだった。窓があろうがなかろうが黒いカーテンが壁の全面を覆っている部屋で、二人の他に厳選された付き人のオラクルのシム、そしてその奥ではイヴィーが寛いでいた。
「なぁリリアン、また何か歌ってくれないか。君に相応しいオーケストラを用意するには今暫く掛かるが、君を独占した俺の為の単独ライブだと思うと気分は良い。君の歌声は俺を癒すんだ」
「……その為の私ですよ」
ヴァハラがリアの喉を撫でると、リアはその手を取って指先に口付ける。イヴィーはその姿に感心しながら小気味良くワイングラスを傾けた。まるでマリオネットだと彼は思う。夜になればリアの関節が球体人形のソレになるのではないかと疑うほどだ。精巧な造りの、指示通りに動く、完璧に美しい、しかしどこか恐ろしいその佇まい。操作していない時でさえ独りでに動き出しそうな、何処かに強い意志を宿しているような、心の読めない人形。
これまで生きてきた人生の大半をリアはそうやって過ごしてきたのだという面影が、顕著な名残として表れているのだろう。
「清楚は彼女にとって"呪い"なのかもな」
リアはヴァハラの願い通りスタンドマイクの前に立つと、静かなバラードを歌いあげていく。その瞳は此処ではないどこか遠くを見つめているようだった。
「おい、降りてこい」
イヴィーが退屈そうな顔をし始めた頃、オラクルの一人が階段から頭を覗かせた。イヴィーは気だるげに片手を上げてそれに応じ、無造作にグラスをクッションの上に置いて立ち上がった。階段を下りると三人のオラクル達がイヴィーの顔を見て口を開く。
「お前はもう不要だ」
「ボスがあの女を正式に気に入った」
「さっさと、帰れ」
「……どいつもこいつもロボットみたいな喋り方して、オラクルでは流行ってんのか?」
「貴様……」
喧嘩をする気はないのだと半笑いで両手を上げるイヴィー。
「迎えを呼ばせてくれよ、それまでは此処に居ても良いだろ?アンタらの送迎が手荒くて腰を痛めちまった」
痛めたという割にいやらしい腰つきを披露して見せると、オラクルのシム達はそれぞれサングラスを弄って動揺を示す。
「……お前らもしかして童貞の集団じゃねぇよな?」
「黙れ!」
床に零れた牛乳を見るような目でイヴィーは三人を憐れみながら、おもむろに歩み出してからスマホをポケットから取り出した。
「……よぉ、調子はどうだ?」
電話の先は、アンだった。
「は……?」
『だから、リアは無事ヴァハラの女になりましたって言ってんだよ』
「どういう事だよ!?ナンシーの家に居るんじゃなかったのかよ!?」
『健気だろ?アーチーとリンの不手際の尻拭いに一役かってくれたんだ。涙が出るぜ』
「思ってもない事言うなよ!」
リンの病室内でスマホに向かって怒鳴り散らすアンの肩をマイが何とか抑える。
二人はリンの様子を見に来ていたのだ。
「アン、ここではまずか……」
「ちゃんと説明しろよ!最初から!」
アンの肩を抱きながら病室を出て廊下を進んでいくその最中、マイは振り向いて弟の顔を覗き見た。初日の時とは異なり血の気も活力も意識も戻っていたリンは、その目を見開いて耳に聞こえて来た憎たらしいイヴィーの言葉を脳で反芻する。
「リアが何であの野郎の所に……。どうなってる……?」
覚醒したばかりの彼の脳がフル稼働する中、不意に手元近くのタブレットが震えた。ロック画面に浮かぶのは、「エリオット」からのメッセージだ。
「外を見てください……」
ベッドの上で身を捩り、備え付けのカーテンを捲って文字通りに外を見れば、傍らにモーターバイクを置いたエリオットが呑気に手を振っている。
リンはベッドから即座に下りると点滴を引き剥がして服を着替えた。いつもの普段着ではなく、特徴的な"パーティー服"だ。そうして間髪入れずに部屋を飛び出すと、近くの扉から外へと駆け出ていく。
「リアの事!知ってたか!?」
「知りませんよ!さっきヒマワリから僕にも怒りの電話が入ったんです」
「……こいつ、使っていいのか」
「その為に用意しました」
モーターバイクに腰掛けて、リンはエリオットを見上げて問う。
「上手くいくと思うか?」
「もちろん、上手くいきますよ」
エリオットは知っている。リンのこの言葉はいつも自信満々の時に出るものだと。
所謂反語的なジンクスなのだと。
その証拠に真剣にモーターバイクを見つめる視線は熱く、決意と興奮に溢れている。
「先に行ってください、すぐに追つきます」
「わかった」
「そこで何しよーとリン!!」
「リン!お前!そんな体でどこに行くつもりだよ!?」
相棒と固く握手してから離れようとしたリンの背を、患者の姿が消えた事に気付いた身内が追いかけてきていた。
「悪い、終わったら話すわ」
「待てよー!!!!」
ヘルメット代わりにマスクを被りながらアンの絶叫をファンファーレにしてモーターバイクを唸らせると、リンは振り返ること無く病院を後にした。
潮風に吹かれて優しい音色を響かせる風鈴のようなモジュールに、見張りの男は気を取られていた訳では無い。今さっきティータイムを済ませてきたせいで、意識が微睡んでいたという訳でも無い。
ただ少し先の公園へと続くウォーキングコースに隣接した線路を通る貨物列車の轟音が、同じくウォーキングコースに侵入して来た物々しい車達の存在をかき消してしまったのだ。
わざと少々見えやすい位置に並んだそれらからは、同じく黒ずくめの男達が下りてくる。ボス以外の全員が、火力の異なる銃を手にしていた。
「始めるか」
アーチーの言葉を合図にライフルを抱いた部下が先陣を切って敵のアジトへと進む。流石にここまで近付くと正面を見張っていたシムも侵入者に気が付いて構えに入った。
「ぞろぞろと何の用だ!」
彼はやはり用心棒としては未熟だったのだろう。本来であればこの第一声は中の者達に対して警告を入れるのが正解だった。警告の為に一瞬でも振り向いていれば、後ろから近付いてくる"パーティー服"も視野に入れられたはずだ。
リンに死角から後頭部を思い切り殴打された見張りの男はそのまま前へと倒れかけるが、次に伸びてきた手が肩を引き戻し、間髪入れずに顔面を叩き伏せられる。呻く事も叶わないまま揺れる脳を抱え、見張りは次の瞬間宙を舞って地面へ落とされた。
「お前らは地下に行け、地上は"二人"に任せろ」
「は!!」
アーチーは現れたリンにさほど驚いた様子を見せず、淡々とマスク内部の無線で部下への指示を改めた。彼が連れて来た部下達はリンがアジト内部へと入っていったのを皮切りに、銃声を轟かせながら総員で雪崩込んでいく。
「どういう事だ!!話が違うじゃないか!」
階下で銃撃の交戦が始まると、ヴァハラはリアを羽交い締めて彼女のこめかみに銃を突きつけながらイヴィーを睨む。リアは抵抗を試みるものの恐怖が押し勝つせいか、ヴァハラの腕に手を添える以上に何もできない。そんな光景を前にイヴィーは小さく肩を竦めた。
「俺に言われてもな」
ヴァハラの後ろに控えるオラクルからも銃を向けられていると言うのに、イヴィーは手を上げる事もせず退屈そうに立っていた。
「女一人貰ったくらいで!お前のボスはどうなってんだ!」
「どっちも間違ってる。俺はそもそもギャングワイフじゃないし、その女もアーチーのじゃない」
「何!?」
「俺は嘘はついてないぜ。ボスの女"級"をご所望だったろ?だからお前のだーいすきなリンのフィアンセを寄越したんだ」
「そんな情報知らないぞ!」
「オラクルなんざ所詮、ギャングワイフの偽装工作すら見破れねぇんだよ」
リアからは完全に死角となってしまいヴァハラの顔は見えないが、こめかみに幾度も当たる冷たい銃口が震えている事はよく分かった。
「この女が、リンの」
「わかったら離せや!」
空気を突き抜ける乾いた音が背後を通り過ぎたと思った瞬間、小さな呻き声と共に後方で誰かが倒れた気配がした。その次には直ぐ後ろで喚いていた男の体がリアから突発的に離れ、何かに弾き飛ばされて壁へと叩き付けられる。為す術なく項垂れ倒れ込んだヴァハラが彼女の視界に映りこんでいた。
リアはこの数秒の間に何が起きたのかと戸惑うばかりで、思わず目の前で笑うイヴィーを凝視する。その視界の端では、立ち上がろうとしたヴァハラの頭が瞬間的に赤く染まったのが見えた気がした。
「……リンさん?」
動かなくなったヴァハラを背にしてリアはやっと振り返る。
「遅うなってごめん」
肩で呼吸する彼が、やっとリアに微笑む。
「……本当にリンさん?」
「マイじゃないよ」
「そうじゃなくて……」
どちらともなく歩み寄るとリンはリアの頬を撫でた。
「心配掛けてごめん。無事で良かった」
「私の台詞……」
今触れているのが正しく愛する人だと確かめ合うように二人はお互いの額を合わせて抱き締め合う。リアが安堵ではにかむ顔をリンはじっと見つめていた。そのうち体が少しずつ離れようとする気配を感じて、リンは唇を近付ける。
「リン!そんな事してる場合ですか!」
いつの間にか階段を上がって来ていたエリオットが二人の後ろで吠えた。
リアが彼に驚いて縮こまりながら飛び上がったおかげでリンとの間に少しだけ距離ができ、エリオットは無遠慮にもその隙間に入り込む。
「そんな事って。ちょっとくらい再会を喜んでも、」
「仕事中ですから!……失礼しますリリアンさん」
「え!?私!?」
エリオットはリアの体をいとも簡単に俵担ぎすると、流れるように階段を下りようとする。
「悪いなエリオット」
「待って!何で!?離してエリオットさん!」
「すみません、外に出たら離しますので」
「リンさん!」
混乱したリアはもがくようにエリオットの背中を叩くが、逞しいヴァンパイアはびくともしない。リンは階段を下りていく二人の背を見送ってから、カーテンで覆われた二階の奥へと進んでいく。
ギャングワイフの愛車達が大人しく並ぶ傍らで、アーチーとイヴィーはアジト内の混乱など一切気にせず談笑していた。エリオットがその傍にリアを下ろすと、彼女は足が地に着いた瞬間再びアジトへと戻ろうとした。
もちろん、エリオットがその腕を逃がすはずもない。
「離して!戻して!」
「大丈夫です、また後で会えますから」
「違う!アタッシュケースが!」
「どうせ端金ですから」
「爆発するのよ!!」
イヴィーが空を仰いで笑い、アーチーが少し振り返る。
「私が離れると!爆発するの……!」
言い終わるや否やそれを合図にしたように工場全体が閃光に包まれた。同時に二階が大きく弾け飛び、花火の火薬だろうか、光景に似つかわしくないピンク色の光が辺りに降り注いだ。その暴発に呼応するが如く、一階、そして地下からも土煙が複数立ち上った。アジト内全ての場所が爆発音と共に豪快な炎に包まれたのだ。
「嘘……」
街灯の光が見劣る程に明るい赤が立ち上り、湧き上がる煙は薄暗い空に黒を足すようだった。彼女の後方ではアーチーが「花火の暴発は怖いな」と他人事のように嘲笑う声がする。
「リン……、リン……!嫌だ!!」
「リリアンさん」
「お願い離して!行かせて!」
「見ていてください」
「嫌だ!離してよ!」
「よく見て!」
エリオットの鋭い声がリアに届いたのか、それとも沸いては昇っていく煙の中に見知ったシルエットが見えたのか。
リアは空気を伝う炎の熱で涙が乾く程に目を見開いて、残骸と成り行くアジトを凝視した。
エリオットの手が、離される。
「……リン!!」
見間違いではなかった。
確かな足取りでこちらへと脱出して来るのは、お馴染みの"パーティー服"で。
リアはヒールでよろめきながらも火の中から出てきた男に駆け寄った。
「ストップ!待ってリア」
あと数歩という所で、リンは手を突き出して制止を促した。咄嗟に希望通り立ち止まるリアに、リンは頷きながらマスクを取って笑む。
「流石にこの服のままだと熱いからさ」
着替えたのはキャリア服。
黒ずくめの正装だった。
おいで、と言い終わらないうちにリアはリンに走り寄って飛び付くように抱きついた。彼女もまた、清楚なドレス姿を捨てていつものパンツスタイルになっていたのだ。
「不死身なの!?夢みたい!」
「俺もそう思うよ」
もう離れないとばかりにリンの頭を抱き締めるリアの体を、彼は優しくあやすように左右に大きく揺らしてみる。二人は暫くの間そうしていたが、リアが落ち着いて我に返ったのか少しぎこちない素振りで体を離そうとする頃、今度はリンがリアを抱き上げ直して顔を近付ける。
「……仕事は終わったの?」
「ああ」
返事と同時に噛み付くようにリアの唇を食みながら、リンはこっそり薄目でリアの肩腰に後方のエリオットを覗き見る。視線を感じ取ったのか、彼はスマホを指差してからサムズアップして笑っていた。イヴィーとアーチーの姿は既にこの区画内から消えている。
やっと任務が終わったのだと、リンはリアを見つめながら痛感するのだった。
「お疲れ!!」
車の中で寝落ちたリアを抱えてリンが玄関を開くと、真っ先に飛び出してきたのは労りの言葉と拳だった。咄嗟に避けて後退ると、中から忌々しげに顔を顰めたアンが顔を出す。
「話は全部ボスから聞いた。リンは悪くない、けど、リアにもちゃんと話せよ」
「おう」
「……俺には謝んなくても良いけど、リースには謝っといてよ」
「わかった、……マイは?」
「さっきまで起きてたけどもう寝てる。また後で話して」
じゃ、と廊下を歩いていくアンの背を見送ってから、リンは二階の寝室へとリアを運んでいく。ベッドの上にそっと沈めると、彼女はゆっくりと目蓋開いた。
「……私に話さなきゃいけない事って何?」
リンは彼女の直ぐ横に腰を下ろすと、リアの顔にかかる前髪を指の背で払って苦笑した。
「まず、今回の任務の大前提から話すとな……」
ヴァハラは元々ジャックの下で働いていた、つまりはリンの同僚だった。ジャックが歳を理由に引退し、アーチーがギャングワイフを一新するまでは同じ野心家として、良い向上心を持つ相手としてつるんでいた。
アーチーは若くてエネルギッシュなボスだった。ジャックの時とは違い、良くも悪くも自由な悪の溜まり場だったギャングワイフは、アーチーの手によって一層統率力のある絶対君主制を敷いた。その結果アーチーはヴァハラを解雇し、反対にリンは技量を買われて昇進した。量より質を取ったのである。
これを気に入らなかった者達は各々時期は異なるものの、多くはオラクルへと寝返る計画を立てていた。しかし一時期を経てジャックが生き返り再びギャングワイフの一派として存在が確立しだすと、ジャックの招集に応える者達が現れ始め、蓋を開ければ結局オラクルに寝返ったのはヴァハラだけだったのだ。
彼はこれをあまりの屈辱だと憤慨した。
悪に憧れる同士達のほとんどが、アーチーの手の中に収まろうとしており、それを到底許せるはずがなかったのだ。
自分がジャックの次にボスになるはずだった。何処で予定が狂ったのか、仲間達は何故異を唱えないのか。同じ志を抱いていた男も、今やアーチーの元で、二番手三番手の席で満足していると言うのか。
せめて俺の代わりにお前がボスになれば、俺がこんなにも気を窶す事もなかったのに。
一方的で身勝手な妬みはどんどん歪んで膨れ上がり、いつしかその理由すら必要としなくなった。中身の無い怒りと憎しみはヴァハラがオラクルのボスとして君臨してもなお、満たされる事のない喪失感となって彼を苦しめた。
そんな時、最近ジャックが異様に可愛がっている男がランドグラーブ産業の現金輸送車を一人で奪ったと言う話を耳にする。
オラクルの技術を駆使してその男が預けた銀行の金を更に奪ってやろうと試みた。結論から言えば、成功した。おかげでギャングワイフから声が掛かり、アーチーと顔を合わせる機会もできた。単独犯の行った強盗での金ですら、ギャングワイフに所属する以上、己のモノだから返せと言って来たのだ。
正直金などどうでも良かった。しかしアーチーと接点が出来た以上、これを物にしない理由がない。ギャングワイフを凌ぐ程の集団として自身も新しいオラクルを導きたいと考えたヴァハラは、同時に憎い男を殺す手立てを進める事にした。
「そうしてヴァハラはアーチーに、アンの口座から奪った金を預けた銀行の情報を教えた。その代わり、アーチーが侍らせる女を一人寄越せ、と言ってきたんだ。それで俺達はこれまでの諸々の件を踏まえて、大義名分をこさえてから、オラクルごとヴァハラを潰す事にした」
「……つまり、最初からリンさんは狙われてたって事?狙われているのをわかってて、その銀行に強盗しに行ったの?」
「そういう事だ」
「大義名分の為にわざと、死にかけたの?」
「それは違う。だって俺は無傷だろ?」
リアが体を起こしてリンを見つめると、彼は両腕を開いてわざとらしく首を傾げて見せた。
「……そうだよ、あんなに大怪我を負ってたのに、何で今は何ともないの……?」
「負ってないからだよ。アレは全部メイク」
「ええ!?でも、意識が戻らないって……」
「あの医師は偽物」
「でも本当に目を覚まさなかったじゃない!」
「それは麻酔を打たれてたんだ!患者のフリをするのに俺はじっとしてられないから!」
リンが少し罰が悪そうに言うと、急に納得したようにリアは頷いて落ち着いた。
「そもそも銀行強盗するのに俺とエリオットが二人揃って"見守ってる"なんておかしいだろ?エリオットの察知能力と俊敏さがあれば、何があっても咄嗟に俺を守れるから一緒に居たんだ。防護服の機能性もコレで証明されたしな」
「あのパーティー服、見掛けに寄らず高性能だったんだね」
「伊達にアーチーが毎日着てないよ」
「……二人は監督役だったって聞いたけど、それも建前だったのね」
「まあ、あの時派遣された部下がちゃんと殺されるかどうかを確認するっていう点では合ってるけどな」
「え?」
「……今回、俺達以外は全員、ボスが処理したがってた人員で組まれてたんだよ」
「……」
ドス黒い裏事情に気圧されそうになったリアは、ふと青ざめてリンを見遣る。
「待って……。そんなに最初から相手の魂胆がわかってて、今回の計画を立てていたのなら、……私、……私もしかして邪魔したんじゃないの……?」
「言っとくけど、リアが気に病む必要はいっっっさいないからな。アーチーもイヴィーも全部わかってた上でリアを引き込んだんだ。リアは、巻き込まれたんだよ」
「私……」
「……なぁ、リア俺を見て」
味わう必要の無かった恐怖と、弄ばれたのだと言う悲しみと羞恥がリアの脳裏に押し寄せる。自然と視線が自分の手元に落ちていく最中、その指先をそっと掴んで引き寄せる、大きくて温かくて、少し荒れた手が視界を埋めた。
「断言する。こういう事が、今後もある。計画が何処から漏れるかわからないから、家族にだって何も言えない事の方が多い。……それでも、俺は、リアと結婚したい」
静かな寝室に融ける、落ち着いた、それでいて熱の篭った声がリアの頬を紅く染める。ついさっきまでの憂いが嘘のようだ。
自分でも現金なのだと思う。単純で、甘くて、直ぐに周りが見えなくなる。だけどどうしようも無く欲しいのは、いつだって真っ直ぐで変わらない、愛する人から送られる、一つの深い愛だから。
「……リンさんが危ない事をするのを止めようとは思わないの。だって、凄く楽しそうだから。……それを今日、とても実感した。私に絶対にあげられないものだとも思った」
リンの手を握り返して、リアははにかむ。
「だから、……せめてその一端にはなりたいなって、願ってる。ギャングワイフの、幹部の、……妻に。私もなりたい」
思わずリアの肩を抱き寄せて、リンは固く固く抱き締めた。嬉しくて、愛しくて、頼もしいとさえ思った。小さく「痛いよ」と笑いながら呟く彼女を、これからも自分の手で守りたいと強く願う。
「楽しい事ばかりしてても、疲れて眠たくなるでしょ?……そういう時の、ベッドみたいになれたらなって思うの。この先何があっても、……ただいまってキスして」
身を捩ってリンの頬にキスを落とすリアに、リンは頬を擦り寄せる。
が、ふと動きを止めると次にはリアを押し倒した。呆けるリアの可愛い瞳にニヤついたリンの意地悪な笑顔が映る。
「キスだけで良いのか?」
リアは目を瞬かせた後、眉の端を下げながら屈託なく笑った。
「こうして、ウチの叔父と叔母は結婚式を明後日挙げる事に……」
「リース!?まだ起きてたのか!?明日も学校なんだから日記なんか適当に書いて早く寝ろよー!」
「パパ!ノックしてっていつも言ってるじゃん!」
アンがリースの部屋の電気のスイッチを問答無用で切ると、リースは暗闇に悲鳴を上げながらベッドに潜り込んでいく。家の外ではリースの部屋の電気の消えた事により、鶏達も暗がりから逃げるように鶏小屋へと帰っていく。
唯一明かりの点いている二階の部屋は、まだ暫く光り続ける事になるのだった。
fin.